主催:::舞踏ー天空揺籃 舞踏公演
「いくたびかちみもうりょう」
グラン パ ドウ トァ Grand Pas de trois
出演:三浦一壮、ベロニカ(Weronika Żylińska)吉本大輔
11月4日(月)
心神喪失から目を覚ますとw
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周囲は夜の闇につつまれた、北千住だった。夜空がうっすらと明るいのが鬱陶しい。あびるような星屑の瞬きをみたいのに、ひとつかふたつしか見えてこない。日本の悪意を感じる。いやもちろん日本の政治の悪意とかではなく、日本のエレメントのうえに胡坐をかいた、此岸そのものの退嬰感に。
『北千住BUoY』の入り口に、吉本大輔さんの公演おなじみの「アリアドネの緋色の紐」が床を這っていて、会場の地下までつづいている。大輔さんの公演を観るのは、2年ぶり。
会場は、照明のうす明るさになまなましく彫り出された、地下銭湯の広大な跡地。舞踏には廃墟が合う。 今後もぜひ残し続けてほしい廃墟だ。
『ドナウのさざなみ』みたいな音楽がオルガンじみた音で会場をみたしている。地下なので、支えの柱があっちこっちに立っていて、柱の陰で弾いているみたいだ。公演前の会場をあるきまわっている人波をながめてると、だんだん、ここが日本にみえなくなってきた。「舞踏」は、英語でもフランス語でもポーランド語でもButoh。二ホンから発信されて、世界各地にButohのまま根をおろしている。創作ダンスには振り付けがあるのに対し、舞踏には振り付けがなく、踊り手の心身から湧き上がってくるエレメントに受肉する。しかしまだ公演が始まってないのに、舞踏の輪郭を浮き出す白塗り(ドーラン)の匂いがプンプン漂うので、脳内では舞踏Butohが、かまわず拡散しつづけて止まらない。
・・・・・・・・・・・・・・・
脳内から飛び出すように、舞踏が、「四羽の白鳥の踊り」にのって、始まった。舞踏はそれ自体が荘厳さを志向するものではないので、あそびに見えれば見えるほど、その円周は、出発の予感に妖しい磨きをかける。あそびですよ、悪戯。ね。
おおっ・・・・・・・・・・・・・
舞踏の鳴動しか存在しない時間が、水平に移動するのではなく、垂直に鳴動し、時間は舞踏の、荘厳な残像に抱擁される。
幻視にみちた、風windが、舞踏へとながれこむ。
彼岸花と此岸花の旗めきの二つ流れが、振動し、ドーランの白と、からだに巻き付けた糸の赤色へと、舞踏的な超ひも理論で、むすびつくのが見える。
オダリスクが見える。
アングルが描いたスルタンのトルコ風呂の、沈鬱な極彩色をのみこんだ、白い肌が、その奥底をのぞきこんでこいと、無言で、観るわれらに無限の意識拡張を促す。
三浦一壮の舞踏のあしもとから揺れる長い長い影法師を目で追うように飲み込んでいく。それは最高に淫靡でうつくしい晩餐だった。
舞踏というのは、技術的に鍛え上げたからだを、技術的な精度を駆使して、縦横無尽に踊りまわるようなものを想像した瞬間に裏切られる。
踊り手もそうで、技術的に磨いたすがたを見せつける、半端なナルシシズムに取り憑かれていても、目撃者はそんな自己陶酔を無視する。
そのような世界には、時間の長さも、短さもない。
キアロスクーロ・・・・ルネサンス絵画でこの世に登場した、強烈な明暗が、水平に移動するのではなく、垂直に鳴動する舞踏を、荘厳な手つきでつつみこむ姿に息をのんだ。
鳴動に寄り添って鳴る、バッハのマタイ受難曲の一曲、「憐れみたまえ わが神よ」がジャズピアノのリズムでおどったり、這いずり回ったり。
舞踏が、それに頬をすりよせるので、すすり泣きが我知らずこみあげる。
ジャズでもクラシックでも、ミッシャ・メンゲルベルクのジャズピアノでもヴィレム・メンゲルベルクの指揮でも、いずれでもあるバッハが、舞踏の超ひも理論の蜘蛛の巣にかかって踊り続ける星群の美しさに。
おお・・・・・・・・
Erbarme dich, mein Gott~♪
マタイ受難曲を朗々と歌う女声まで聴こえてくるではないか。すすり泣かずにいられなかった。
Weronika Żylińska、歌ってるのはもちろん彼女ではない。しかしWeronikaの、息がとまるほど美しい横顔が会場に、無限大に膨れ上がっていく。
吉本大輔さんが、廃墟風呂のなかにいる姿が、柱のかげにかくれて本人は見えないが、風呂場の鏡に映っている。手にした紅いヒールを、パン!パン!と、タイルに叩きつける。
東生田会館で、大輔さんが便器をかかえて(便器を天井から吊るして)いるのをずっと見てきたが、ついに風呂が登場。これは・・・・・・・・・・・これは淫暴にちがいない、超ひも理論の。口には赤いひもをくわえている。ドーランを塗りつめた身体が、これまでに幾度も見た、キリストの磔刑像から拡散した、生きることへの苦悩を現出した、「悶え」を、やはり今回も見せてきた。観るわれらに無限の意識拡張を促す、覗き込んで来い!身体のその奥底をのぞきこんでこいと、無言の苦悶で。苦悶の肌に、旗めきの風がただよう。歩き出す、くどいようだが水平に移動するのではなく、垂直に鳴動する舞踏を拡散させて!
PAブースの一角から、さまざまや色の髪をふり乱した弦楽合奏が左右に迸る。ヘンデル作曲の「サラバンド」が、はじめに超ストリングス理論の弦楽合奏を吠え、吉本大輔の脳天に火を爆発させる。次の瞬間、鍛錬で磨き上げた身体が、技術性を逆落としにして、荒れ狂う。ヘンデルも舞踏も、たがいに掴みあって、日本語でも英語でもフランス語でもポーランド語でもButohも呼ぶ空気空間が、北千住を離れ、日本をも離れてゆく。「サラバンド」を奏でる楽器が、ギター一台に変貌しても、舞踏はその奔流をやめようとしない、脳味噌が、黒い黒い、黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い黒い脳液の蜜のかおりを脳皺からしたたらせて、逆袈裟の白色の旗にはらんだ風の吐息を舞う。
ああああああ、
あああああ、
ああああああああ!
旋風に揉み崩されるパオロとフランチェスカの地獄絵図か、はたまた・・・・・観るわれらに、無限の意識拡張を促す舞踏のすえに、脳脈が擦り切れた。
心神喪失から数時間しか経ってないので、擦り切れるのが早かった。でも幸せ。
脳内から、「四羽の白鳥の踊り」が逆流する。
赤ちゃんの泣き声をあげながら(これは詩的な盛り付けではなくホントに泣いてた)
荘厳さを志向しはじめたら腐り出す舞踏を、悪戯でしめくくってくれました。
旗めきの、風が去り、舞踏はおわった。