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我れ若し女帝の密使なりせば

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りくろあれの「外科室」そのに

 
https://lecorsaire.exblog.jp/28607615/
そのいち のつづき。



「真の美の、ひとを動かすこと、あの通りさ。君はお手のものだ、勉強し給え」

「当たり前だ、おれは画師(えかき)だぜ」



画師と、高峰との、シンパシー(精神感応)がつづる、時間・空間を超えた幽玄所作、これもひじょうに、能楽的。そして彼等も、時間と空間を超えて舞台に立っていたと思わせた。

彼等が使うセリフは明らかに、看護婦とも「壮佼 (わかもの)」「紳士」「翳」とも違った、2021年の呼吸音を纏ったものだった。とりわけ画師(えかき)のセリフが。




画師の視点が、原作とは完全に違っている。
原作は、明治を生きる自負がみなぎった画師の、「我が技量の及ばざるは無量なり」まさに蛇蝎の王者ここにありといった、傲慢にちかいほどの視点が展開されている。

こんかいの舞台でみた画師は、2021年を生きる、表現者のくるしみを吐露して憚らなかった。
美しいものを描き止め、永遠にこの世に残し続ける、それはほとんど儀式への服従にちかい純粋さをこめたことだろうか。
美しいものを数え合って笑った二人、画師と高峰が、身も心もつつみこむような躑躅の赤に出会った。
画師は躑躅の、意味を超えた、純粋な赤のうつくしさを見た。

しかし高峰には、そこに真の美はなかった、ただ赤いだけだった。
真の美は、高峰ひとりにしか見いだせなかった。その美を抱いて、高峰は9年間生き続けた。
画師は、高峰に永遠に去られ、ひとり残された自分を責める。
じぶんは躑躅の花の赤に目がくらんで「真の美」をみつけそこなった、出来損ないの画師だったのだと。






「でも、あなたはわたくしを知りますまい」
貴船伯爵夫人の、言葉の魔術だ。しーんと、このセリフがラストまで、
9年前と9年後のふたりのこえをつたって、墨絵の線のような余韻をたもっているのだ。
この言葉が、画師のなかにひっかかって、画師を五里霧中のおくそこに投げ込んで永遠に抜け出せなくしてしまうところに、
別の言葉が、救いの手をさしのべた。



「存じません」「知りたくもありません」「あなたは、知ってどうなさるおつもりですか?」と。

「外科室」を、能楽的なステージとして見せてくれたキーパーソンともいうべき、貴船夫人の女中の、綾のセリフだ。




画師が、高峰と、生きている者と、死んだ者との時間と空間を綯い交ぜにして対話していると、

躑躅のもえたつ赤のような着物姿で、その言葉を継ぐ。「あなたを見ていると、遠い昔のことが蘇ってきた」と。
純粋な美をみた画師も、真の美をみた高峰も、
躑躅の花の、もえさかる赤を、ふたりで走り抜けたのだ。
そうさせてくれたのが、ほんの一瞬だけ、その正体をあらわにする、普賢菩薩。それが綾。
躑躅の、もえさかる赤をまとった、普賢菩薩のすがたを、ほんの一瞬。


「忘れません」貴船伯爵夫人は手術刀が食い込むちからに手を添え、あおざめる高峰の眼前で、胸をかききった。





そして、高峰の、このセリフを思わずにはいられないのだ。「君なら、わかるだろ?」と。

「君なら、わかるだろ?」このセリフ!
原作には出てこないこのセリフが、「外科室」の、いわば点と点とを一本の「線」へとつなげる。
セリフや、笑顔や、マスク顔、蛇蝎のごとき生臭さや、
そして綾が、菩薩の口からではなく、綾の姿で言わねばならなかった、「あの時の笑顔以上に、美しいものに出会うことはないでしょう」この言葉も、あらゆるすべてをつなぐ。
この言葉に、生きている画師は救われ、そして知ったのだ、
じぶんは、高峰と綾が「真の美」に出会ったことを、受けとめたのだと。



画師は、ずっとずっと手にしていた画布を引き裂き、

普賢菩薩の見下ろす宙に、投げ上げる。


息をのむような照明と音響(ストリングス)が、透きとおって炸裂し、
綾は、高峰と画師にむかって振り向き、微笑む。すると、
真の美に出会った高峰と綾、そして画師の3人にむけて、9年前の夫人と、寝台の夫人のふたつ姿が聳え立つ。
音響と照明も、点と点が、ラストシーンで、一本の、線になった。




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終演後の面会は、やっぱりここが栃木でも、そういう所は全国一致ということで叶わなかったのであるが、その代わりに、演者が全員で、舞台の周囲の客席をまわって、拍手にむけて挨拶するかたちがとられた。
つまり、これは言葉を介さずただ目と目だけで挨拶しあい、演者と観客が、高峰と夫人との目くばせを疑似体験できる仕掛けが込められていたのだ。


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「アトリエほんまる」という、宇都宮城址公園そばのハコで観ることができたので、鏡花ものの舞台で本丸といえばということで、今回の舞台版「外科室」は鏡花の戯曲、『天守物語』をも思わせた。いや、それは嘘ですw
でも、いつかりくろあれの公演で鏡花のサロメ、『天守物語』をアトリエほんまるで観てみたくなりました。


りくろあれの「外科室」そのに_d0242071_23501429.jpg


by lecorsaire | 2021-05-21 00:11 | 公演

「騎上の陛下におかせられては周知のごとく、人生はもっとも大胆で華麗な賭けをうたう剣とマントの物語でございます」


by lecorsaire
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