我れ若し女帝の密使なりせば

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9/29(土) 『MasqueraDead』、『MODERN NOH PLAYS-卒塔婆小町-』ソワレ  2



9/29(土) 『MasqueraDead』、『MODERN NOH PLAYS-卒塔婆小町-』ソワレ  1
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Ⅱ.  17:00 『MODERN NOH PLAYS-卒塔婆小町』ソワレ
入口でならんだ順に降りていくと、さっきまで『MasqueraDead』の会場だった、アトリエ・サードプレイズ地下一階に案内された。

「?」
地下二階に案内されるはずなのにどういう訳だと思っていたら、終演後のトークショーをここでやるので、その席を「前取り」しておいてほしい、ということだ。


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ほどなく『MODERN NOH PLAYS-卒塔婆小町-』ソワレ開場が告示されると、トークショーの席がうしろの人びとを先頭に、地下二階へと降りて行くことになった。

「??」
ええっ、これじゃあ後ろのほうの席しか座れないじゃないか・・・・と思って地下二階に行くと、


「!」
「全席ほぼ最前列 という仕様」と聞かされていたことに納得した。
https://twitter.com/SAI20XXtwt/status/1040234549957996544
演目が、八方からみえる構えに、客席が配置されていたのだ。



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あらすじ:
夜の公園のモク(煙草の吸殻)拾いの老婆が、ベンチの恋人たちの邪魔をしながら拾ったモクを数えている。それを見ていたほろ酔いの詩人が老婆に声をかける。詩人は、ベンチで抱擁している若いカップルたちを生の高みにいると言うのに対し、老婆は、「あいつらは死んでるんだ」、「生きているのは、あんた、こちらさまだよ」と言う。
そのうち老婆は自分が昔、小町と呼ばれた女だと言い、「私を美しいと云った男はみんな死んじまった。だから、今じゃ私はこう考える、私を美しいと云う男は、みんなきっと死ぬんだと」と説明した。笑う詩人に老婆は、80年前、参謀本部の深草少将が自分の許に通ってきたこと、鹿鳴館の舞台のことを語り出す。
すると、公園は鹿鳴館の舞台に変貌し、舞踏会に招かれた男女が小町の美貌を褒めそやす。詩人(深草少将)は19歳の令嬢となった美しい小町とワルツを踊り、小町(老婆)の制止も聞かず、「何かをきれいだと思ったら、きれいだと言うさ、たとえ死んでも」と宣言し、「君は美しい」と言ってしまう。そして、「僕は又きっと君に会うだろう、百年もすれば、おんなじところで…」と言い死ぬ。
「もう百年」と老婆が言う。すると、再び舞台が公園のベンチに戻る。死んだ詩人は警官たちに運ばれ、99歳の皺だらけの老婆は、またモクの数を数えはじめる。

※source: https://www.weblio.jp/wkpja/content/%E8%BF%91%E4%BB%A3%E8%83%BD%E6%A5%BD%E9%9B%86_%E5%8D%92%E5%A1%94%E5%A9%86%E5%B0%8F%E7%94%BA
※「深草少尉」 と書かれているが少尉ではなく少将。



開演前の、客入れ時間に、般若心経の録音が重心低音を轟かせる。古典能楽の『卒塔婆小町』の卒塔婆にあたる、公園の木製ベンチが照明をあびて白くかがやき、
その周囲を、客席の客にまじって、明るさを剥ぎとられた影ぼうしのアベックが「色即是空、空即是式」、砂金を下地に塗った黒いろで、むつみあう。


大島朋恵が演じる、99歳のむくつけき老婆が登場する。アベックたちが、老婆の陰にぞくりとする。
発した声の、ぎょっとするほど真に迫る形相に、酔いどれた詩人との対話に、だんだんと時間が消え失せていくのを感じる。
影ぼうしの詩情豊かさはこれぞ幽玄美。
アベックのセリフは、影に覆われ、
彼らの嵌めた腕時計もろとも
役者たちがみんな、アベックから、「詩情」(情念)になっていく。

心のなかで感じる手触りが、どんどんぶあつくなっていくのが、頼もしい。

老婆は詩人の手を引いて、80年前の、鹿鳴館のワルツの中心へと、19歳だったころの小町のすがたで分け入っていく。

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鹿鳴館でのダンスで輝かしくなりひびくワルツは、ウェーバーの「舞踏への勧誘」。 
https://www.youtube.com/watch?v=Mf8kheUuEAA

この曲は思い出すのが、三島原作の映画『美しい星』でもインチキ健康水の会員逹がパーティーをひらく豪華な会館に登場して、うさんくささと俗悪さをかきたてていた。
けばけばしい成金趣味にうつつをぬかした、鹿鳴館の客たちのダンスがピキパキと、俗悪と手に手をとって交錯するのは序破急の破だろうか?
その中心で、参謀少将・深草の手をとって
俗悪に折り重なる衣裳、香水、宝飾の山頂にのぼりつめる、
この世ならぬ、まさにこの世ならぬほどの、大島朋恵の美しさは、
ため息をつくどころではないのだ。




今では、小町と少将の、華麗なセリフなどきれいに消えて、セリフまわしの起伏なんぞサッパリ消えて、あとにはサーっと、枯淡にみちた、真っ白い砂地が月明かりを浴びて、どこまでも拡がっていくのが、はらわたの中に残っている。
砂の表面には、シワのような襞が幾重にもつらなり、秋海棠の西瓜色がほんのり映え、セリフは残像が、砂地に足跡がきれいに映えるように鮮やかに焼き付いている。



音もなく砂の上にたおれるように、公園のベンチのそばで、白くかがやき死んだ少将詩人を、巡査が、浮浪者たちに指示して屍骸を片づけさせるシーンから、舞台が異様な巨大さをみなぎせ、息を呑んだ。
老婆小町の背後から鳴り響く1945年8月の玉音放送が、会場をおしつぶすほどひろがっていき、時間の流れでできた円周を活性化させる。

スマホのシャッター音が、時間の流れの巨大さを、能面箱にふうじこめる。幕。


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クライマックスでマッチを盛んにするシーンが、寺山修司だとか、アングラであるとかを彷彿させるという指摘が公演後のトークショーで登場したが、
篝火に照られた、能舞台の迫力を思って、観ることができた。
八木タケルさんの演出力に感服した。役者もスタッフも、臨界点まで、烈火の火文字さながら三島由紀夫の篝火を灯していた。



まだまだ噛み砕ききれない部分もいろいろある公演なので、
現時点で書ける事だけを書いた。





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by lecorsaire | 2018-10-11 16:29

「騎上の陛下におかせられては周知のごとく、人生はもっとも大胆で華麗な賭けをうたう剣とマントの物語でございます」


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