我れ若し女帝の密使なりせば

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『王家の虎』(1916) 公開から100周年

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20世紀初期のどこか。ロシア貴族のナトカ・ボルコンスキ伯爵夫人は、さるパーティーの折、外交大使ジョルジョ・ラ・フェルリータにめぐり逢う。彼らのなれそめはジョルジョが彼女からとりつけたダンスの約束を、ある将校が横取りしたため起きた諍いである。ナトカは、自分が惚れているジョルジョと時を過ごしながら、身の上話を語る。
「ロシアでは、領地の猟場監督官をしていたドルスキーの愛人だったけれど、夫は暴君で嫉妬深くて、ドルスキーをシベリアに送ってしまったの。わたしはシベリアに行って、かれをさがしあてたけれどドルスキーは別の女といっしょだったわ。わたしはもう彼とかかわりあいをもたないことにしたのだけれど、ドルスキーは絶望して、拳銃で自殺したわ」
 ナトカはしばらくジョルジョに会わなかった。一方のジョルジョはというと、ナトカを愛していながらエルミーニアとも関係を育んでいた。
 数か月が経った。ジョルジョのまえに現れたナトカは重病を患っていた。クライマックスは豪華なオペラ劇場とホテルでのジョルジョとナトカとの、この世の際の逢瀬。その最中、ホテルで大火事がおこる。そこへナトカの横暴な夫が嫉妬を煮えくり返らせ登場、ホテルの部屋のふたりを外から鍵をかけて閉じ込めてしまう。しかしふたりは窓から飛び降りて脱出し、夫は炎のなかで息絶える。


監督:ピエトロ・フォスコ(ジョヴァンニ・パストローネ)
 原案:1873年に上梓されたジョヴァンニ・ヴェルガの『王家の虎』
 撮影:ジョヴァンニ・トマティス、セグンド・デ・チョモン
 出演:
ピーナ・メニケッリ(ナトカ・ボルコンスキ伯爵夫人)
アルベルト・ネポーティ(外交大使ジョルジョ・ラ・フェルリータ)
フェボ・マリ(猟場監督官ドルスキー)
ヴァレンティーナ・フラスカローリ(ジョル ジョの愛人エルミーニア)
ガブリエル・モロー(伯爵)
エルンスト・ヴァゼル(エルミーニアの父)
 制作:イタラ・フィルム(トリノ)
 日本公開:1919年4月

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『王家の虎』の原作は、1873年に上梓されたジョヴァンニ・ヴェルガの頽廃主義にも通じる小説である。シチリアの小説家は、自作の映画化に際し名前を明かすことを嫌がり、知り合いの女性の名義を用い、彼女の名がクレジットされることになった。
セット、衣装、そしてとりわけ小道具の意匠にはリバティ様式(イタリアのアール・ヌーヴォー)が用いられ、象徴的な意味をもつ。ダヌンツィオ的趣味に溢れた「上流階級もの映画」の典型である『王家の虎』は、ふたつの愛の物語(ナトカ伯爵夫人と外交大使ジョルジョ・ラ・フェルリータ、そして伯爵夫人とドルスキー)を語るが、伯爵夫人とドルスキーとの場面はフラッシュバックによって表現されている。いずれにせよ、そのどちらもが人間を情熱的で悲劇的なものとしてとらえており、ともすると倫理観を転覆させかねない契機を孕んでいる。細部にいたるまで大変魅力的なこの映画における、ピーナ・メニケッリの存在感は圧倒的である。 メニケッリは観客を弾きつける術にたけ、その情熱的で錯乱的な演技によって、もっとも崇拝された人気女優のひとりとなった。

(以上は、2001年 『イタリア映画大回顧』で上映された際のパンフレット文を、一部執筆者の趣味と判断で書き換えて転載した)
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by lecorsaire | 2016-11-29 23:16 | 映画

「騎上の陛下におかせられては周知のごとく、人生はもっとも大胆で華麗な賭けをうたう剣とマントの物語でございます」


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