我れ若し女帝の密使なりせば

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『炎の天使』(セルゲイ・プロコフィエフのオペラとワレリイ・ブリューソフの原作について)

以下の文はwikipediaと、ワレリー・ゲルギエフ指揮の全曲盤CD『炎の天使』の解説書と、一柳冨美子の「プロコフィエフとオペラ『炎の天使』」(NHKロシア語会話 1993年10、11月号に掲載)を基に書いたものである事をお断りしておく。


『炎の天使』は、騎士のルプレヒトが「これは実際にあった物語で・・・・」と語り伝える形で展開される。舞台は1520年頃のケルン近郊だという。うらぶれた宿屋でルプレヒトと出会ったレナータが、身の上を語ってきかせる。レナータは、少女のころから輝くばかりに美しい炎の天使、マディエルに魅了されていた。レナータとマディエルはプラトニックに愛しあっていたが、レナータは思春期と共に、マディエルへの肉欲を抑えきれなくなると、マディエルは失望し、レナータから去って行ってしまう。レナータは妄想じみた執念でマディエルの姿を追い求め、やがてマディエルにそっくりの、ハインリヒという貴族と出会い、結婚するが、一年後に破局した。悲嘆に暮れるレナータは、ルプレヒトと出会った頃には黒魔術の虜になっていた。
ルプレヒトはレナータとマディエル(あるいはマディエルそっくりのハインリヒ伯爵)との三角関係に翻弄され、レナータもまた男性二人との関係そして精神と肉体、神の教えと悪魔の誘惑の葛藤に苦しむ。レナータは最後には修道院に籠ってしまい、火あぶりを宣告されるが、炎のなかでマディエルと一体になることを暗示して最期を遂げた。 ルプレヒトとハインリヒは決闘するが、物語の最後では和解する。



『炎の天使』は1907年から翌年にかけて、ワレリイ・ブリューソフValery Bryusovが編纂していた雑誌『ヴェシ(天秤)』に連載された。執筆当時のブリューソフは、詩人で翻訳家のニーナ・ペトロフスカヤNina Petrovskayaと暮らしており、ブリューソフはニーナのヒステリックな性格にとりわけ魅せられていたらしく、彼女とはドイツの魔女の生まれかわりのように接していた。両者の関係は1911年まで続き、最後にふたりは決別するのだが、その時にはニーナは『炎の天使』のレナータが、自分をモデルにした人物であると悟っていた。
ニーナには、ブリューソフとは別に、思い人がいた。象徴詩人アンドレイ・ベールイAndrei Bely の比類ない才能と、おそらくはその美貌に、心を奪われていた。三人のあいだにはただならぬ愛憎がうまれ、『炎の天使』の底辺をなす、ルプレヒト(ブリューソフ)マディエルあるいはハインリヒ(ベールイ)、そしてニーナ(レナータ)の三角関係のモデルになった。

さらにブリューソフは、『炎の天使』の三人の愛憎をより濃厚に描くに際し、1905年から翌年にかけて、ベールイがその騒動の中心になってロシア文壇をもまきこんだ、もうひとつの三角関係をモデルにしていた。詩劇『薔薇と十字架』を上梓したアレクサンドル・ブロークAlexander Blokの妻リュボーフィ(ブロークは彼女への愛を、世界の変貌をもたらす神秘の女性ソフィアになぞらえた詩『うるわしの淑女への歌』へと結実させた)に、ベールイは泥沼のようにのめりこんだ。さらに文壇からも冷遇されるようになっていたブロークに対し、周囲はベールイのリュボーフィへの愛情を鼓舞させたので、三角関係の悲劇は次第に加速していった。ベールイはブロークに決闘を申し込むが、それが果たせなくなると自殺願望に苛まされた。結局三者に周囲がとりなす形で騒動はおさまり、ベールイはリュボーフィと出会った同時期に知り合っていた少女と愛しあうようになると、ブリューソフとニーナがデカダンな生活に耽っていた1910年に結ばれている。

CD解説書(ゲルギエフ指揮の全曲盤)に載ったロバート・トレインの「プロコフィエフの悪魔的なオペラ」を読むと、ロシアを去ったニーナは1912年にイタリアのどこかへわたり、第一次大戦後にはパリに住むと、セルゲイ・プロコフィエフSergei Prokofievが『炎の天使』の作曲にとりくんでいた家のすぐ近くで暮らしていた。しかし二人がお互いを知ることはなかった。 ニーナは1927年、セルゲイ・プロコフィエフが『炎の天使』のオーケストレーションを最終的に完成させた数か月後に自殺したらしい。

オペラ『炎の天使』の、プロコフィエフ自身が書いた台本は原作よりも一見非常にまとまりが無く、レナータの人物描写は支離滅裂で、場面は次々にうつりかわる等、音楽抜きでは少々理解しずらい。
一柳冨美子が説くには、『炎の天使』の目標とはすべての音楽的ドラマ的エネルギーを、終幕の最後の場面である修道女たちの悪魔憑きの大饗宴に集約させることだったという。全篇を妖術・錬金術・占星術・密教的な呪術や黒魔術、アグリッパ、メフィスト、ファウストが入り乱れる展開のなかで、ただひとつの極点めざして、音楽と劇が展開してゆくと考えれば、驚くほど緻密に造られている。
私は『炎の天使』が1993年の6月9日に東京(オーチャードホール)で、日本初演された際のエアチェック・テープを、他のCD全曲盤のどれよりも愛聴しているのが、それを聴くと一柳冨美子が言っていることが存分に理解できる。音楽は虹色に燃焼し、実におどろおどろしく、生き生きとしている。歌詞はすべて日本語で歌われており、指揮もオケも超名演奏。終幕の修道院での悪魔憑きと大乱交は海外の全曲盤どれをも突き放して、巨大な火あぶり台が目の前にみえてくるほど鬼気迫る。

1993 6/9
オペラ・コンチェルタンテ・シリーズ第5回 
指揮:大野和士 東京フィルハーモニー交響楽団 東京オペラシンガーズ

配役 wikipediaをもとに作成

ルプレヒト: 大島幾雄(バリトン)
レナータ: 西明美(ソプラノ)
宿屋のおかみ: 安念千重子(メゾソプラノ)
女占い師・修道院長: 群愛子(メゾソプラノ)
ネッテスハイムのアグリッパ、メフィストフェレス:小林一男(テノール)
ヨハン・ファウスト:黒田博(バス)
異端審問官:山口俊彦(バス)
古本商のヤコブ・グロック:君島広昭(テノール)
ルプレヒトの友人マトフェイ・ヴィスマン(テープのメモには「マテウス」と書かれている):星野聡(バリトン)。
医者:遠山敦(テノール)
宿屋の使用人 :寺本知生(バリトン)
居酒屋の主人:追分基(バリトン)
ハインリヒ伯爵 (歌なし マイム?)
小さな少年 歌なし
3つの骸骨

テープのクリアケースに挟んで保管した演奏評には、ステージ写真が写っている。大野和士が指揮する(歌手は大野の左右)東京フィルの後ろでは、悪霊みたいなマイムが暗示的に演じられ、その背後の壁にはというと官能的な下半身でそそりたつ磔刑像のシルエット。評にもある、「すべてを灼きつくさんばかりの情熱の奔流が全篇を支える」「レナータとルプレヒトの白熱的歌唱が圧巻」といった印象はテープで聴いても相当にうかがえる。

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by lecorsaire | 2016-03-08 22:41

「騎上の陛下におかせられては周知のごとく、人生はもっとも大胆で華麗な賭けをうたう剣とマントの物語でございます」


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