我れ若し女帝の密使なりせば

lecorsaire.exblog.jp ブログトップ

『炎の天使』(セルゲイ・プロコフィエフのオペラとワレリイ・ブリューソフの原作について)

以下の文はwikipediaと、ワレリー・ゲルギエフ指揮の全曲盤CD『炎の天使』の解説書と、一柳冨美子の「プロコフィエフとオペラ『炎の天使』」(NHKロシア語会話 1993年10、11月号に掲載)を基に書いたものである事をお断りしておく。


『炎の天使』は、騎士のルプレヒトが「これは実際にあった物語で・・・・」と語り伝える形で展開される。舞台は1520年頃のケルン近郊だという。うらぶれた宿屋でルプレヒトと出会ったレナータが、身の上を語ってきかせる。レナータは、少女のころから輝くばかりに美しい炎の天使、マディエルに魅了されていた。レナータとマディエルはプラトニックに愛しあっていたが、レナータは思春期と共に、マディエルへの肉欲を抑えきれなくなると、マディエルは失望し、レナータから去って行ってしまう。レナータは妄想じみた執念でマディエルの姿を追い求め、やがてマディエルにそっくりの、ハインリヒという貴族と出会い、結婚するが、一年後に破局した。悲嘆に暮れるレナータは、ルプレヒトと出会った頃には黒魔術の虜になっていた。
ルプレヒトはレナータとマディエル(あるいはマディエルそっくりのハインリヒ伯爵)との三角関係に翻弄され、レナータもまた男性二人との関係そして精神と肉体、神の教えと悪魔の誘惑の葛藤に苦しむ。レナータは最後には修道院に籠ってしまい、火あぶりを宣告されるが、炎のなかでマディエルと一体になることを暗示して最期を遂げた。 ルプレヒトとハインリヒは決闘するが、物語の最後では和解する。



『炎の天使』は1907年から翌年にかけて、ワレリイ・ブリューソフValery Bryusovが編纂していた雑誌『ヴェシ(天秤)』に連載された。執筆当時のブリューソフは、詩人で翻訳家のニーナ・ペトロフスカヤNina Petrovskayaと暮らしており、ブリューソフはニーナのヒステリックな性格にとりわけ魅せられていたらしく、彼女とはドイツの魔女の生まれかわりのように接していた。両者の関係は1911年まで続き、最後にふたりは決別するのだが、その時にはニーナは『炎の天使』のレナータが、自分をモデルにした人物であると悟っていた。
ニーナには、ブリューソフとは別に、思い人がいた。象徴詩人アンドレイ・ベールイAndrei Bely の比類ない才能と、おそらくはその美貌に、心を奪われていた。三人のあいだにはただならぬ愛憎がうまれ、『炎の天使』の底辺をなす、ルプレヒト(ブリューソフ)マディエルあるいはハインリヒ(ベールイ)、そしてニーナ(レナータ)の三角関係のモデルになった。

さらにブリューソフは、『炎の天使』の三人の愛憎をより濃厚に描くに際し、1905年から翌年にかけて、ベールイがその騒動の中心になってロシア文壇をもまきこんだ、もうひとつの三角関係をモデルにしていた。詩劇『薔薇と十字架』を上梓したアレクサンドル・ブロークAlexander Blokの妻リュボーフィ(ブロークは彼女への愛を、世界の変貌をもたらす神秘の女性ソフィアになぞらえた詩『うるわしの淑女への歌』へと結実させた)に、ベールイは泥沼のようにのめりこんだ。さらに文壇からも冷遇されるようになっていたブロークに対し、周囲はベールイのリュボーフィへの愛情を鼓舞させたので、三角関係の悲劇は次第に加速していった。ベールイはブロークに決闘を申し込むが、それが果たせなくなると自殺願望に苛まされた。結局三者に周囲がとりなす形で騒動はおさまり、ベールイはリュボーフィと出会った同時期に知り合っていた少女と愛しあうようになると、ブリューソフとニーナがデカダンな生活に耽っていた1910年に結ばれている。

CD解説書(ゲルギエフ指揮の全曲盤)に載ったロバート・トレインの「プロコフィエフの悪魔的なオペラ」を読むと、ロシアを去ったニーナは1912年にイタリアのどこかへわたり、第一次大戦後にはパリに住むと、セルゲイ・プロコフィエフSergei Prokofievが『炎の天使』の作曲にとりくんでいた家のすぐ近くで暮らしていた。しかし二人がお互いを知ることはなかった。 ニーナは1927年、セルゲイ・プロコフィエフが『炎の天使』のオーケストレーションを最終的に完成させた数か月後に自殺したらしい。

オペラ『炎の天使』の、プロコフィエフ自身が書いた台本は原作よりも一見非常にまとまりが無く、レナータの人物描写は支離滅裂で、場面は次々にうつりかわる等、音楽抜きでは少々理解しずらい。
一柳冨美子が説くには、『炎の天使』の目標とはすべての音楽的ドラマ的エネルギーを、終幕の最後の場面である修道女たちの悪魔憑きの大饗宴に集約させることだったという。全篇を妖術・錬金術・占星術・密教的な呪術や黒魔術、アグリッパ、メフィスト、ファウストが入り乱れる展開のなかで、ただひとつの極点めざして、音楽と劇が展開してゆくと考えれば、驚くほど緻密に造られている。
私は『炎の天使』が1993年の6月9日に東京(オーチャードホール)で、日本初演された際のエアチェック・テープを、他のCD全曲盤のどれよりも愛聴しているのが、それを聴くと一柳冨美子が言っていることが存分に理解できる。音楽は虹色に燃焼し、実におどろおどろしく、生き生きとしている。歌詞はすべて日本語で歌われており、指揮もオケも超名演奏。終幕の修道院での悪魔憑きと大乱交は海外の全曲盤どれをも突き放して、巨大な火あぶり台が目の前にみえてくるほど鬼気迫る。

1993 6/9
オペラ・コンチェルタンテ・シリーズ第5回 
指揮:大野和士 東京フィルハーモニー交響楽団 東京オペラシンガーズ

配役 wikipediaをもとに作成

ルプレヒト: 大島幾雄(バリトン)
レナータ: 西明美(ソプラノ)
宿屋のおかみ: 安念千重子(メゾソプラノ)
女占い師・修道院長: 群愛子(メゾソプラノ)
ネッテスハイムのアグリッパ、メフィストフェレス:小林一男(テノール)
ヨハン・ファウスト:黒田博(バス)
異端審問官:山口俊彦(バス)
古本商のヤコブ・グロック:君島広昭(テノール)
ルプレヒトの友人マトフェイ・ヴィスマン(テープのメモには「マテウス」と書かれている):星野聡(バリトン)。
医者:遠山敦(テノール)
宿屋の使用人 :寺本知生(バリトン)
居酒屋の主人:追分基(バリトン)
ハインリヒ伯爵 (歌なし マイム?)
小さな少年 歌なし
3つの骸骨

テープのクリアケースに挟んで保管した演奏評には、ステージ写真が写っている。大野和士が指揮する(歌手は大野の左右)東京フィルの後ろでは、悪霊みたいなマイムが暗示的に演じられ、その背後の壁にはというと官能的な下半身でそそりたつ磔刑像のシルエット。評にもある、「すべてを灼きつくさんばかりの情熱の奔流が全篇を支える」「レナータとルプレヒトの白熱的歌唱が圧巻」といった印象はテープで聴いても相当にうかがえる。

d0242071_9515173.jpg

[PR]
# by lecorsaire | 2016-03-08 22:41

永井幽蘭さんのライブ(イベント『海底遺跡からの通信』 2015年7月17日)

ひだりのあしの、神経痛をのろいながら、吉祥寺の『曼荼羅』へ、永井幽蘭さんのライブを聴きに行った。


いたみが、嗅覚をとぎすます。吉祥寺にむかう電車に乗っていると、加齢臭の匂いに息がつぶれた。





地階のライブハウスの曼荼羅には、古く、あちこち傷をおび、まるで城砦の棺桶じみたグランドピアノがある。
4月26日のイベント『赤い星の終末』で、永井幽蘭さんが弾くのを聴いて以来、このピアノがすっかり気に入ってしまった。幽蘭さんが弾くライブのわきにいるお人形は、やはり、棺桶からおきあがってきたのだろうか。
今回ふたたび、曼荼羅のピアノで幽蘭さんが弾くのなら、いたいもかゆいもいってられなかった・・・・



『赤い星の終末』以上の、緊張感のはりつめたライブだった。
いや、ライブというよりも、一曲一曲の、音楽がうまれてくる瞬間にたちあうような、とても強烈な体験だった。海の豊饒をもとめていたこころが、帆船から転落して、そのまま漂着した場所に、どこまでも、どこまでもひろがる、水没遺跡の美景につつみこまれることができた。
ジュール・ヴェルヌの『海底二万哩』に登場した、貝のなかの、凄愴なまでにうつくしい真珠のかがやきが、ピアノの鍵盤にはじけるのが見えた。


ライブメニュー
1:水面の音楽
2:道化師の犯罪理由(作詞:華円なびすこ)
3:月の傀儡(作詞:華円なびすこ)
4、かげろう
5、キャンディーストライプ
6、サーペンティナ(作詞:チェリー木下)
7、死のゆび(作詞:鏡谷眞一)
8、赤い星の終末
9、?




新しい星々の誕生をあじわった。その数は、・・・・・4つだろうか。
そのなかの1つ、ねばりつく翳がさした、妖しい星の誕生に、こころがどよめいた。
今回のライブで、私が生まれてはじめて書いた、歌詞を、幽蘭さんが曲にしてくれた。


d0242071_1039392.jpg


 




イベントの冊子に、作詞者として、私の経歴を載せてもらった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



d0242071_10243827.jpg

ひとつだけ違うんだよなあw 私は、「役者」ではあっても、「俳優」ではありません。



「海底遺跡からの通信」facebookページ




2016.4.28記:このブログを書いた頃は坐骨神経痛のくるしみを抱えており、会場に行くのもやっとだったので、イベントの全体印象を書き表すことができなかった。幽蘭さんのライブが終った後、もはや激痛に耐えられず中途退場したので、ライブの次に控えていた、『赤い星の終末』にも出演した強烈な独り舞台を観ることができなかったのが、残念で仕方なかった。リンクを張ったり、写真を貼り変えるにあたって読み返すと、当時の苦しみを、今は懐かしくふりかえることができる。
[PR]
# by lecorsaire | 2015-07-18 19:15 | 公演

大正時代のサイレント映画『魔女(Häxan)』

この文は、去る2007年12月25日(火)に開催された、
☆☆Silent Cinema Night at Church vol.2
☆☆☆聖なる夜の上映会☆☆☆ をmixiで宣伝
した際にわたしが書いた宣伝文である。



クリスマスの夜、伝統ある教会でサイレント映画『魔女(Häxan)』を音楽伴奏付きで上映します。
『裁かるるジャンヌ』を撮った鬼才カール・ドライヤーの師、ベンヤミン・クリステンセン監督の最高傑作です。

d0242071_1659593.jpg

image source: The Phantom Blogger

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

映画『魔女』は伝説的に奇っ怪不気味で、人々とオカルトサイエンスについて、神話と確信の歴史を例証するに七つの章を用いている。アニメーション、特殊効果、悪夢にみちたセット、冒瀆的な儀式の再現を駆使し(当時の映画では考えられない、天文学的巨額だった)、中世絵巻をとびこえるリアリズム・悪徳物語が展開される。その中心で悪魔を演じるのは監督のベンヤミン・クリステンセン自身のメーキャップ出演である。ちなみにクリステンセンは映画監督になる以前に、グノーの歌劇『ファウスト』で悪魔メフィストフェレスを演じた声学家であった。

クリステンセンは誕生して間もない映画が、ダヌンツィオばりのロマンス活劇ばかり扱った劇場演劇の延長か模倣であることを脱し、より実験的で学術考察性、刺激あふれる教条にみちた映画の可能性を追い、迷信に関する映画の、構想としては三部作の第一部に映画『魔女』を企画した。
クリステンセンは、オカルトについての大量な図像、映像を、観客への講演として提示する。
「魔王は、中世や暗黒時代においては日常の片鱗にうごめいていたが、彼は今日なおも我々のそばにいる」監督のベンヤミン・クリステンセンは、前述の悪魔扮装とはべつに彼自身の素顔と現代装束で登場し、観客に語る。「"死せる中世"などという妄言を信じてはいけない。新しい服を着替えるためだけに、ひとはわざわざ死んだりするだろうか?」

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

ストーリーの根幹は、現実と神話を、十五世紀ヨーロッパに投げ込む。ドイツの表現主義に匹敵する、エネルギーにあふれ大胆不敵な場面が横溢する。死体泥棒や魔女たちの物慾、心地よい堕落の夢をみせる悪魔は金貨の雨を降らせて恍惚となる。魔女は悪霊と交わり、十字架に痰と唾を吐きつけて、踏みつぶして、ヒキガエルと死んだ赤ん坊から醸造酒を偽造する。
異端審問官による魔女裁判は綿密な時代考証によってまさしく当時の典型例が描写される。さまざまな拷問道具のリアルな再現。クリステンセンは、クローズアップを巧みな使用によって、拷問のむごたらしさが暗黒歴史への、観る者の開眼をうながす意図をこめている。

ストーリーを構成する、時間年月の変転と、悪徳美に染まったスチール写真には、効果的で革新的な技術へのクリステンセンの野心がこもっている。
彼は『魔女』の成功を信じて疑わなかった。

この映画は既に柳下美恵さんのすばらしい伴奏で、極上画質の、国内DVDが発売されておりますが(DVD特典の、小松弘氏と大塚真琴氏による解説は名文である)、上映機会が極めて少ないこの映画が、今回はフィルムで上映されることによって、濃厚な中世の香りがいっそう引きたつと存じます。
これを観れば、ゆく年も来る年も、もう怖くありません。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

☆☆Silent Cinema Night at Church vol.2
☆☆☆聖なる夜の上映会☆☆☆


雷上映作品:『魔女』Häxan雷  
1921年/スウェーデン/モノクロ/約90分 /日本語字幕付/8ミリフィルム
監督・主演:ベンヤミン・クリステンセン

こんかいはゲスト奏者に、中世やルネサンス音楽に造詣が深く、自ら楽器製作も手がける近藤治夫氏をお迎えいたします。


2007年12月25日(火)19:00開映(18:30開場)

出演 
近藤治夫(kondo haruo):古楽器 
柳下美恵(yanashita mie):鍵盤楽器

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

会場http://www9.ocn.ne.jp/~hongo189/
日本キリスト教団 本郷中央教会 東京都文京区本郷3-37-9 電話03-3811-3500
1)都営大江戸線、営団丸ノ内線ともに「本郷三丁目駅」下車。本郷三丁目駅交差点から春日通りを湯島方面に右側を歩き1分。
2)営団千代田線「湯島駅」下車。春日通り本郷方面に徒歩7分。
**本郷消防署の斜め向かいの、ゴシック様式の白い教会**
※駐車場はございませんのでお車でのお越しはご遠慮願います
暖かい格好で お越し下さい


料金2000円(250席までご用意しております。ご予約なしでご覧になれます) 











そして、当日の上映会の感想が、
これだ. 

HAXAN! (映画『魔女』1921年)
[PR]
# by lecorsaire | 2014-12-11 16:31 | 映画

イゴ・スム 或る俳優のアグリービューティーな生涯

2014年に「フィルムアルヒーフ・オーストリアの無声映画コレクション」(於フィルムセンター 11月11日~16日)でも上映された映画『カフェ・エレクトリック』にイゴ・スムは娼婦に惚れられるエンジニアの役で出演した。


イゴ・スム(Igo Sym 1896 -1941)  ポーランド系オーストリア人俳優。オーストリア=ハンガリー帝国時代のインスブリックにうまれる。
第一次世界大戦ではハプスブルグ帝国の中尉になり、のちにポーランド軍でも中尉として勤務。
1925年に映画デビューし、ポーランド、オーストリア、ドイツのサイレント映画で、上品な紳士や貴族、陸軍士官の役を演じる。1927年に、マレーネ・ディートリッヒの主役映画『カフェ・エレクトリック』に出演した。1930年代の初めにイゴ・スムはポーランドに戻り、ワルシャワに定住した。ワルシャワでは活動を、映画から、劇場での舞台に転向し、歌やダンス、のこぎり楽器の演奏までおこなった。

d0242071_1495386.jpg

source: Śmierć zdrajcy

※このブログで書かれているイゴ・スムの生涯はwikipediaの英語版から全面的に引き写したものである事を、あらかじめおことわりしておく。



イゴ・スムは、ポーランドに定住したあとも、ドイツ贔屓で有名だった。

youtube: IGO SYM in Poland - Beautiful and Damned !  
(映画Im Kampf mit der Unterwelt (1930) の挿入歌、コンチネンタルタンゴ Ich träum' vom ersten Kuß.  ドイツ語の美声を披露。 )

1939年に、ポーランドはナチに占領される。イゴ・スムは総督府の後ろ盾を受け、ワルシャワの主要劇場の監督職を兼任すると同時に、ゲシュタポのために多大な協力を行なう。
イゴ・スムはポーランド映画界および劇壇を掌握する野心にかられていたふしがある。彼とゲシュタポとの関わりは1939年9月1日のポーランド侵攻以前に遡るものだったらしい。サイレント映画時代からイゴ・スムと共演していたハンカ・オルドヌヴナは、イゴ・スムが助力したゲシュタポの罠にかかり、逮捕されている。




1941年10月10日、映画『帰郷』がベルリンの映画館「ウーファー・パラスト・アム・ツォー」で上映された。監督は『カフェ・エレクトリック』のグスタフ・ウチッキー。
イゴ・スムは映画には出演していないが、その制作にあたって活発に協力する。ポーランド人を侮辱する内容のナチの国策映画で、幾人ものポーランド名優たちが出演を拒否した。
イゴ・スムの傘下にあったワルシャワの「テアトル・コメディア」の俳優たちは、ゲシュタポのエージェントの俳優イゴ・スムを反対にスパイするようになる。彼の動向は、レジスタンスに密告された。



1941年3月7日、ワルシャワのマゾヴィエツカ通り10番街にあるイゴ・スムの住居のドアに、2人の暗殺者が、電報の配達夫に扮して訪れた。この翌日にイゴ・スムはウィーンに向かう予定だった。
ドアが開き、現れたのが、間違いなく標的であると確認した暗殺者たちは、自動拳銃ラドムVISで、ナチの協力者の息の根をとめた。
「テアトル・コメディア」の俳優Roman Niewiarowicz はハンカ・オルドヌヴナの逮捕の裏にイゴ・スムの暗躍をかぎつけて以来、イゴ・スムへの復讐心をかきたてていた。暗殺の日取りも、彼の密告が決め手になった。
レジスタンスは当初イゴ・スムを毒殺するつもりだったが、より即効的な銃撃に変更された。
イゴ・スムの弟のエルンストは化学者で、ポーランドが占領されるとレジスタンスに参加し、破壊活動で使う爆薬を密造した。


イゴ・スムの死は、総督府によって翌日には街頭のスピーカーで伝えられ、午后8時から午前5時までの夜間外出禁止令が出されると、ワルシャワ地区行政長官ルードウィヒ・フィッシャーは、イゴ・スム殺害の実行犯、ならびにその協力者全員の自首を脅迫するポスターを貼りだした。
すべての劇場は閉鎖され、120人が人質として逮捕された。フィッシャーは、イゴ・スムの殺害者が3日以内に自首して出ない場合、大学教授・医者・弁護士そして俳優を含めた人質全員を殺害すると脅した。

3月11日に、人質のうち、21人が、ワルシャワ郊外の村パルミリで、処刑された。




イゴ・スムの暗殺に対する報復措置が、後の「AB行動」として本格化されるポーランド人大量殺害の火付け役のひとつになった可能性がある。
ステファン・ヤラチレオン・デ・シルデンフェルド・シレルを含む人質の残りは、アウシュヴィッツへと送られた。
[PR]
# by lecorsaire | 2014-12-03 13:14 | 映画

サイレント映画『ばらの騎士』

1926年の作品で、リヒャルト・シュトラウスのオペラ(1911年初演)の、映画バージョン。以前から、スチール (←画像あり)でみてひじょうに綺麗なのを知っていたので、これは絶対観なければと興味津々で、フィルムセンターに足を運んだが観終わって、茫然となった。
『ばらの騎士』を愛するオペラファンにとっては、無理に観る必要はまったくない映画だった。

この映画を観た客が、オペラの『ばらの騎士』を聴きに来ることへの、期待がこめられていたらしく、ウィーンの庭園や、ハプスブルグ家のベルヴェデーレ宮殿などで歴史的ムードたっぷりに、絢爛豪華に撮影されたのは結構(衣裳なんか、昨今のオペラ『ばらの騎士』での衣装など足元にも及ばないような精緻かつ重厚なデザイン。ほんとうなら、カラーで観たかった)だが、映画としては?というと、これが、印象に残るものが、全然なかった。
監督は『カリガリ博士』を撮った名匠ロベルト・ヴィーネなのだが、特筆点はまったくなかった。
ストーリーは、オペラとは全然違っていた。フーゴー・フォン・ホフマンスタール(オペラの原作者。ウィーン世紀末耽美を代表する詩人で小説家で劇作家。映画版『ばらの騎士』も、かれがシナリオを書いているが、乗り気ではなく、中途半端なシナリオで書きやめた)は、映画版『ばらの騎士』に、かなりの不満をもっていたらしい。

映画のなかに、原作には登場しない「元帥」が登場。(字幕では「公爵」と表記。)これが原作とは比較にならない壮年の、威厳は足りないがまあまあ美丈夫で、大部隊を雄猛に指揮して勝利にみちびく。彼は戦場の陣幕で、妻の元帥夫人(字幕では「公爵夫人」)の不倫を知り、凱旋の余韻もふりはらい早馬で屋敷にかけつける。仮装舞踏会でひしめく屋敷の庭園で、姦夫オクタヴィアンをとらえ、決闘におよぶ・・・・・・・もう原作オペラの、おっとりしたムードぶちこわし。これで面白ければそれなりに楽しめるんだが、面白くなかった。

オックス男爵も、遊蕩貴族だがどこか憎めない「グラマー爺」だった原作のすがたが、霞んで見える。
ゾフィーは、可愛くて良かった。婚礼ドレスを纏うまえに、貴婦人の歩き方をダンス教師からレクチャーされるシーンはいかにもゾフィーにふさわしかったし、映画の中でも一番きれいなシーンだった。
オクタヴィアンが、美男俳優ジャック・カトラン。「ズボン役」(女性歌手が演じる男役。エレガント。)のオクタヴィアンを、オトコがやってた。もちろん、例の女装も。ただただ気持ち悪い。
元帥夫人(公爵夫人)も、エリーザベト・シュヴァルツコップには到底およばなかった。

べつに悪口ばっかり書くつもりはないんだが、映画で使われていた音楽、サイレント映画なのだが、サウンド版で、全篇に絶え間なく『ばらの騎士』のメロディーが流れていたが明らかに、映像と噛みあっていない。音楽が鳴る度に、音楽につけられたオペラの名場面が頭に浮かんでは、目の前の映像と衝突する。
この映画を観た客が、オペラの『ばらの騎士』を聴きに行くことをためらったら、これほど悲しい話は無い。


『ばらの騎士』映画版がドレスデンで上映された際、オペラの曲を編集して作った伴奏音楽を、リヒャルト・シュトラウスが指揮し、ロンドンで上映された際にも、劇伴をリヒャルト・シュトラウスが指揮し、その翌日に劇伴の一部が録音された。
Strauss Conducts 'Der Rosenkavalier' (←その1)
Strauss Conducts 'Der Rosenkavalier' (←その2)
こんかい使われたのは、明らかにこの録音ではなかった。



蛇足を申し伝えると、映画を観るまえに、ディスクユニオンで「サロン・オーケストラ版」と称する、"無声映画『ばらの騎士』のための音楽" を買った。2枚組。
d0242071_22343975.jpg


編成は、
フルート2本
オーボエ2本
トランペット2本
トロンボーン1本
第一ヴァイオリンと第二ヴァイオリン
チェロとバスが一本ずつ
打楽器とピアノが一人ずつ
ハーモニウム(リード・オルガン)が2台


このCDを、全部聴いたら、感想を書き足す。
[PR]
# by lecorsaire | 2014-11-14 22:41 | 映画

「騎上の陛下におかせられては周知のごとく、人生はもっとも大胆で華麗な賭けをうたう剣とマントの物語でございます」


by lecorsaire
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite