我れ若し女帝の密使なりせば

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映画『嘲笑』

映画『嘲笑』 
(1927年のサイレント映画なので、会場のピアノで伴奏曲を演奏。アメリカ映画。ベンヤミン・クリステンセン監督 ロン・チェイニー バーバラ・ベットフォード リカルド・コルテス) 



農婦に身をやつしたロシアの伯爵夫人タチアナ(バーバラ・ベットフォード)は森をさまよっていると、セルゲイ(ロン・チェイニー)と出会う。共産主義革命から発したロシア内戦 による荒廃まっただなかのシベリアで、革命勢力の赤衛軍に抵抗する、帝政主義陣営の白衛軍が拠点をかまえるノヴォクルスクへのメッセージをたずさえたタチアナは、貧乏で頭の単純なセルゲイに、ノヴォクルスクへの案内を頼む。二人は夫婦のふりをし、いたる所で野営する赤衛軍兵士の網の目をくぐって、森に潜伏し、前進をかさねる。 その間セルゲイは、天使画のようにうつくしいタチアナにたいし献身を尽くす。
人気のない小屋をみつけ一息ついたところを、敵につかまってしまった。貴族を血祭りにあげることしか頭に無い赤衛軍は、私たちは農民の夫婦だと言い張るタチアナに、いいや貴婦人のように肌の白い美女がこんなばかと結婚しているはずがないと鼻にもかけず、手始めにセルゲイを拷問の鞭打ちにして瀕死にいたらしめるのだ。ロシア国歌まじりの勇壮な伴奏ピアノにのって白衛軍の騎兵部隊がとんでくる。赤衛軍は逃走し、ノヴォクルスクの白衛軍司令部に招かれメッセージを届けたタチアナは、アレクサンドロヴァ伯爵夫人として貴族将校たちから最上の礼をつくされる。白衛軍騎兵隊を指揮する勇敢なディミートリー大尉(リカルド・コルテス)も、農民娘の格好をしていたタチアナにはじめこそ軽々しい(字幕→ "どうしてしゃべらないの?唖なの?だったら、手振りでもしてごらん" サイレント映画ならではの演出)が、彼女の地位と気品の高さに気づき騎士のように敬服する。重症だったセルゲイは、病院で手当てをうけて回復した。 タチアナは、内戦で大儲けしたノヴォクルスクの新興成金ガイダロフ氏の邸宅の賓客になると、 セルゲイのことを、昔からの大切な友達のように思って、邸宅の台所を世話する下男のひとりとして雇わせる。

しかし頭の弱いセルゲイは、邸宅の門番イヴァンの、貧相な気性に凝り固まった口車にのせられてしまう。貴族たちが革命軍を討伐して古い時代を取り戻したら、タチアナはすぐにでもセルゲイを疎ましく遠ざけるだろうと。ディミートリー大尉がタチアナにキスしているのをみたセルゲイはイヴァンの言葉をいっそう信じるようになり、悲しみから、次第に貴族や金持ちを憎むようになっていく。
白衛軍は、支配地域をおびやかす赤衛軍との決戦をかけて、ノヴォクルスクの全軍で出撃する。タチアナはディミートリー大尉との別れを悲しみ、街は非武装地帯になる。地下にこもった革命運動家や赤衛軍のシンパ達はにわかに活気づいていく。貴族に媚びを売って増長したガイダロフ氏の雇われ人たちは邸宅の執事も使用人もみんな革命陣営に同調しはじめる。今やすっかり意気投合したセルゲイとイヴァンなどは、ガイダロフ氏とっときの地下蔵の銘酒に手をつけておおいに酔っぱらう。
調度品も絨毯も贅沢品でしつらえた二階での晩餐に、タチアナを招いたガイダロフ氏の妻は、呼び鈴で何度も使用人たちを呼ぶが誰もこない。たまりかねた成金夫人は部屋をとびだし階段のうえから使用人たちに、侮辱に漲ったどなり顔をたたきつけるが、ぼろ靴で階段をあがってきたセルゲイ(「千の顔を持つ男」の異名ロン・チェイニーが変顔を駆使する名場面)に、たっぷりと逆襲される。もうお前みたいなトド婆あの言いなりには真っ平だ・・・・・。

間もなくノヴォクルスクは赤衛軍の大部隊に包囲される。街を捨てて逃げる貴族たちとともにガイダロフ氏夫妻も邸宅から逃亡するが、晩餐に招かれていたタチアナは、ひとり置き去りにされてしまう。
ここからが、タチアナの毅然と張り詰めたうつくしさが・・・・・晩餐で煙草を喫むしぐさもキマっていたが、いよいよ見ものになってくる。かねてからのタチアナへの劣情を発散させようと意気込むイヴァンはセルゲイの怒りをかい、邸宅に押し入った赤衛軍兵士数人ともども地下室に閉じ込められてしまう。悠然と闊歩して二階へ上がっていくセルゲイ。しかし一旦うえつけられた貴族階級への憎しみと嘲笑は簡単に捨てきれない。セルゲイはタティアナを力づくで言いなりにさせようとするのだ。ディミートリー大尉と交わした甘いキスを、じぶんにも強制しようとする姿は、むしろ捨て鉢で痛ましい。しかしこの場面の迫真は、ロン・チェイニーが怪奇役者の狭い枠にとらわれていない名優だということを今回も納得させるだろう。全篇に垣間見える意外な男前ぶりが、この場面ではとりわけ印象深い。

やがて形成は好転する。ノヴォクルスクの危機に白衛軍が駆けつけた。騎兵刀を手に指揮するディミートリー大尉の部隊によって邸宅は解放された。タチアナの無事をよろこぶディミートリー大尉は、邸内の赤衛軍たちを全員銃殺するよう部下に命令する。
セルゲイも捕らえられた。彼も銃殺するのかどうかと、ディミートリーの部下たちは命令を待つ。しかしタチアナは、セルゲイの、はだけた胸にのこるかつての拷問の傷跡をみたとき、セルゲイがじぶんを必死で救ってくれたことを思い出す。事情を知らないディミートリー大尉はタチアナに、彼は貴女に忠実だったかと聞く。セルゲイは非常に忠実だったとタチアナは答えた。セルゲイは解放された。
いっぱう閉じ込められたままだったイヴァンと武装した赤衛軍兵士数人は、扉を重石ごとぶちやぶり、ディミートリーの部隊が去った邸内に二人だけ残った白衛軍を始末すると、タチアナとセルゲイが居る二階へ血眼で駆け上がっていく。
おこないを恥じ雪辱の念にもえるセルゲイは、タチアナを護るために一命を捧げた。光と影のコントラストを駆使したカメラが、後半の乱闘場面を格調高くもりあげるがここはまさにその真骨頂。
ディミートリー大尉が戻ってくると、もはやセルゲイはタチアナにみとられて死ぬ寸前であった。ディミートリー大尉はタチアナと抱き合い、無事をよろこぶ姿がセルゲイにも見える。
しかしタチアナは、イヴァンのナイフに刺されながらも相手を斃おし自分を護ってくれた血まみれのセルゲイにむけて、心ばかりの感謝の言葉を捧げる。私とあなたは、いつまでも一緒と。

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ロシアが舞台の、貴族と平民との階級闘争ものは『戦艦ポチョムキン』を初めて観て以来惹かれてやまぬテーマなのだが、『嘲笑』は、それらとは少々切り口が違っていて興味深い。
主人公のセルゲイは、感情の向くままに、誰かを愛したり憎んだりすることで、じぶんの居場所を手に入れようとするが、最後までそれができなかった。セルゲイは、階級闘争の中に入ることができずに死んでしまったのだ。
農民階級(帝政末期のロシアの、実に97パーセントを占める階級。貴族と聖職者と商工業者がそれぞれ1パーセント)に属するセルゲイは、ロシアの劇によく登場する「聖なる愚か者」が、不吉に脂っこくなったような強靭さで画面を駆けまわるが、彼には、貴族階級の心情は理解できないし、ガイダロフ氏のような成金の心情にも縁がなく、じぶんに最も近いはずのイヴァンの、どんな汚い手を使ってでも這い上がろうとする心情さえも理解することができないのだ。
死に直面したセルゲイがタチアナの感謝の言葉とともに手に入れたものは、結局自分は何者にもなれない、いかなる階級の心情も理解できないという、「成熟したペシミズムの知恵」の、非常なまでに甘美な、やすらかさだったのではないだろうか。「誰も愛さない、絶対の孤独! 誰からも愛されない、絶対の自由!」 マルセル・エラン演じる映画『天井桟敷の人々』の殺し屋ラスネールなら板につく、粋な巴里っ子の勇み肌にも縁が無いシベリアの農夫の、あまりも巨大な孤独感の抱擁。

ラストでセルゲイの、死に至る、悲しいようなうれしいような顔が大写しになった時に、反射的にある一文が頭をかすめた。家に帰って、その文が書かれている本を読みかえしてみた。
”突然、宇宙が怪しく翳った。この、群衆をふくめてあらゆるものの上に、突然蔽いかぶさった影は、絶望を眼前にしたわたしの孤独感の影だったのだ”
( ジャン・ジュネ 『泥棒日記』 )


映画の題になった『嘲笑』とは当然ながら、他人を卑下する、睥睨するような意味だけには狭まらない。
ロン・チェイニーの、終幕の、笑い顔のような憂い顔が、一生忘れられないほどの嘲笑で、いまこうしてキーをたたきつづけている心身を、隅々まで圧倒してくるのだ。






こんかいピアノを担当した柳下美恵さんが弾くサイレント映画の上映会に接するようになって今年で10年になるが、ピアノを聴きながら、上に書いたようなことを思えた事が、非常にうれしかった。



本郷中央教会(文京区・東京)12月15日、土曜日。




 

 

※『嘲笑』の舞台になった、ロシア内戦時代に撮られた写真を中心に貼ってみた。
1枚目の黒装束は白衛軍の"黒の男爵"ピョートル・ヴラーンゲリ 
2枚目は、ロマノフ王朝最後の皇帝ニコライ二世の四人娘、タチアナ(左)とオルガ(右)。1913年撮影

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by lecorsaire | 2012-12-18 16:02 | 映画

「騎上の陛下におかせられては周知のごとく、人生はもっとも大胆で華麗な賭けをうたう剣とマントの物語でございます」


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