我れ若し女帝の密使なりせば

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独舞 高橋理通子『蒼天のしずく・・・ノスタルジア』



開演が遅れた。当然である。会場の、東生田会館のあるべき場所が、森の繁る、獅子の柱頭彫刻で壁をいちめん飾ったスタニスラフ・ド・ガラ咀嚼公夫人邸の領域に占領されていたのだから。これまでにポーランドや韓国、メキシコにもその門をひろげてみせたド・ガラ夫人が城砦をかまえる敷地にあちこちと建っているにちがいない"秘儀の家"のひとつが、東生田に外壁をさらしてみせた訳だ。
公夫人の幾何学庭園を赤坂・草月ホールでみたことがある。井桁裕子さんが創った、吉本大輔にんぎょうの度肝ぬく巨きさを中心に、ステージの外のフワイエに麗座していた。

高橋理通子の舞踏を隠しこんだ、"秘儀の家"の内にはバイエルン狂王ルードウィヒⅡ世が持っていたような沈鬱な人工洞窟の黒い再現がひろがっており、生湿めりな呼吸音が小さく轟いている。
洞窟の中は、くろい岩壁にはりついた日陰の花が、金いろに咲きこぼれる。
高橋理通子を狙うような、カラスたちの吠え声が頭上を荒らしていくと、わたしの眼球面に濡れヌメった膜がかぶさって、心臓が歪に上下運動しはじめる。やがて花の群れをも消し去る暗闇がやってきて、カラスの黒い狂声だけが八方から耳を聾する。会場そとの車道の音もかき消す無気味なけわしさが充満する。
暗黒の中心に、消音と同時突如に現れてビックリしたので、こちらの方が狙われていたのかと錯覚におそわれた。
スタニスラフ・ド・ガラ咀嚼公夫人に贈られたシェイクスピア劇風の白い首毛飾りの下は金襴な刺繍キモノをまっかに召し、ランドセルを背負って立つ。生き人形さながらに雅びにあでやかで、装飾古楽器に例えるなら、調律が生まれつき狂っている。ニホンの神社見世物舞台から夫人の館につれさられ、発色が増す毒塵を加えた西洋化粧絵の具でぬりつぶされた顔面は、深紅のくちびるから先に気違っていった。




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・・・・脳髄からしぼっていった香り油が、客席のぜんぶの指先の管まで染みていって手のヒラをぬらぬらにした両腕で、絢爛な狂女を抱き締め、なでまわす。その手のいくつかは、"秘儀"の開始時間を知っている会場の外からも来る。儀式臭のつのった抱擁は狂女の向かい風となり、逆風に正面の身をさらした爛色のかたまりが、どんより、しっとりと、残像線をあらわに舞踏のかたちをえがく。





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公演がすすむにつれ、甘い匂いの海でくらくらしてくる。それは同時に狂女をむさぼる指が、心臓のふるえを伝える管がどんどん太くなってますます震えを吸いあげてゆく。狂女の纏った、キモノと西洋首毛の周回軌道をゆく、透明すぎる毒が色濃く暴走し、その色合いにめまいが走った指のむれが、キモノと西洋首毛をはじきとばした真っ白な全身に爪をたてる。
シェイクスピアの劇『タイタス・アンドロニカス』で凌辱をうけた上、両手首と舌を切断されたラヴィニアがカイロンとディミトリアスに復讐を念ずるものぐるいがステージの香りの湖水面を女頭の天龍のかたちに浮き蹴散らし、甘い匂いが狂女周回をゆく手指たちの閉じた毛穴に無理矢理侵入してくる迫力に心臓と視線が破裂しそうになる。狂女にむらがる指のむれが、爪をはぎ散らされ第二関節からひきちぎられ、つぶされた喉ぶえが声を腹の底へ沈没させてしまう。指さきへの行き場を失った管のアブラが毒分たっぷりに馨って脳へ逆流する。

キモノと首毛の底に沈んでいた、ランドセルをひっぱりだすと、数百億匹の精虫が巣くった股ぐらめがけ、スカートの奥へつっこむ。
子を刃物でひきずりだすように、ランドセルを解き放つと床にたたきつけ、バラバラに刻もうと殺意を噴き荒らすが、できない。

中が洞窟の暗黒をひろげたランドセルに、首毛とキモノをつっこむと背負い、天から堕ちた極楽鳥の翼をひきずって 湖水の底に身をひそめて秋の終りの冬を待ち死を待つ彼岸花の、まっかな群れのなかに、沈んでいく。ラヴィニアよりも、オフィーリアよりも美しいうたごえにつつまれて。















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by lecorsaire | 2008-11-27 19:34 | 公演

『蝶々夫人』に夢中

まずは渋谷で、ナチ時代のベルリン・フィルのドキュメンタリー『帝国オーケストラ』を観た。
いまはyoutubeなどで簡単にみられる、フルトヴェングラー時代のベルリン・フィルのすがたを映画の画面と音響で聴けたのがうれしかった(14日まで渋谷ユーロスペースで公開)




フルトヴェングラーが1942年4月19日、ヒトラーの誕生日の前日に指揮したベートーヴェン 交響曲第9番
(コンサート直後、心身恍惚状態のフルトヴェングラーは誰とは気づかず、啓蒙宣伝大臣のゲッベルスと握手してしまう! その実に不愉快そうな顔) 


フルトヴェングラーが音楽にこめる感情移入のエネルギーは、ベルリン・フィルを別の指揮者が客演して指揮する姿を客席でみてるだけでじぶんの音に変えてしまったという伝説もあるほど強烈で、悲劇性にとりつかれたフルトヴェングラーが、ナチ台頭下ベルリン・フィルから出す音の比類なく悲痛で壮大なドラマティシズムと、それを観劇する傷痍軍人たちのまなざしの群れとが交錯しあったフィルハーモニーホールは戦争劣勢下のドイツと国民をつつみこむ、音楽の荘厳だけでなく闇雲な悲劇をかかえこんだ大伽藍になっていた。映画にはクナッパーツブッシュ、クレメンス・クラウス、ジョルジュ・エネスコが指揮するベルリン・フィルの映像も登場したが、フルトヴェングラーの鬼気迫る"迫力"にはおよばなかった。

そうだ、フルトヴェングラーが中心に立つと、その頭上は、壮麗だが不吉きわまる星まわりに支配される。

あれ?ということはナチを滅ばしたのはフルトヴェングラー??? 
なんかフル様、子供に人気のあったフューラーよりも、ずっとずっと凄い顔してらっしゃいます・・・





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そして夕方の午後6時、マイミクのとーますさんも出演するプッチーニのオペラ『蝶々夫人』が文京区で上演されました。
画面でフルトヴェングラーのすがたをみて数時間後の余韻をひいての観劇。水木しげるの劇画にでてきそうな妖貌の指揮者が満身オンガクといったタクトすがたの背面をさらし・・・・

会場はコンサートホールではないので陶酔に身をゆだねる響きの世界よりも、歌い手たちの、ひとりひとりが背負ったドラマがより直接的につきささってくる。命の削りかすが飛んでくる。背中は汗でじっとり濡れていた。
ライティングがすごい。第二幕第一場のラスト、ピンカートンとの再会に胸つぶれんばかりの蝶々夫人の周囲をつつむ光と影に、静かな地鳴りを聴いた。

終場になると指揮棒は遮二無二会場を煽りたてて音楽が突っぱしる。客席の高揚感も針が振りきっている。ピンカートンがじぶんの軽薄さの招いた惨状を悲嘆する絶唱に拍手も凍りつき、自害する蝶々夫人のうたごえと、"バタフライ!バタフライ!!"ピンカートンの狂おしさの頭上から鋭徹なライトの赤がステージ全面に照り、スローモーションのように幕がおりてくる。

とーますさんが演じた、蝶々夫人を誘惑する金持ちヤマドリ公。あのスゴクすごい衣装をここでお見せできないのが残念!!!
カーテンコールではダントツに目立ってました。
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by lecorsaire | 2008-11-03 19:54 | 音楽

「騎上の陛下におかせられては周知のごとく、人生はもっとも大胆で華麗な賭けをうたう剣とマントの物語でございます」


by lecorsaire
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