我れ若し女帝の密使なりせば

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吉本大輔、バッハを踊る



2008年3月14日金曜日18時32分、ひとあし早く着いた『東生田会館』の雨空に雷光がは
しった―――そらは乳白なヴァイオレットに狂う。
前回の公演でわたしが不法侵入写真(2007年12月10日日記"Les Larmes D'Éros" (エロスの涙)『天空揺籃』参照)を撮って晒した故か、今回は白塗りの屈強な門番三人がガードしている裏口へ踏み込むこともできず、降りがだんだん強くなる雨のなかで革靴の先がだんだん濡れ、興奮は凝縮する。


・・・・・柱が深紅の布でくるまれて左右に聳え、ステージ中心を指してライトが六基、バズーカの砲身のように鎮座している。外の劇しい降雨と反対に、天井が高く感じる場内は、目黒消防署すぐそばにあった”アスベスト館”さながらドンヨリと静まっていた。吉本さんが用いる"紅"は、社会底部の泥ぬまに生きる職人を皇帝禁色の緋色(スカーレット)で描いたハイム・スーチンの画さながら不吉で力強い。
ざしきわらしが歩き回っていた。オレンジの上着をはおって。

携帯電話のスイッチを切って液晶を真っ暗にする。公演十分前くらいからの、現実感覚が緻密にくずれていく過程は理想の空間へと魂を船出させる旅装のカタルシス。ほどなく、完全な闇が来た。






階段の形に四段組んだ客席の最下段と同じ高さのステージの広がりに、影がふみこむ。
頭上から照る、青あかりの中で艶白な石像さながら、技を急がず、空間から窮屈を消滅させた立ち姿がそびえ立つ。チェンバロ曲を背に、レオノール・フィニーのヴェネツィアン放蕩祭着か、男優クエンティン・クリスプ演じるエリザベス一世女王の姿が濃絶にからみあい、左手に照る、空気を吸って育つロウソクの火を中心に、肉胎と性と被服の不連続面が、横一列に並ぶ楽器ネジを鋭く巻いた弦の緊迫と、妖しく流れ合い。

外の雨音が、ヴェネツィア木造劇場の直下を奔る六百年前の運河の流れを天井と足下に轟かせる。巻き毛鬘と、厚底刺繍靴に感覚の上下をおしつぶされた客席の視線まんなかで、―――イタリア王室動物園で飼われる奇妙な虫が、衣裳のような殻を脱ぎ捨てた。するとわれわれは、子供の手で枝っきれか、あるいは素手のゆびさきで、外皮を剥いで青白い神経と官能だけがむきだしになって、仰向けにひしひしとうごめく肉塊をつっつきまわし、ひっくりかえす。

ステージをとりまくライト六基が吠える。タマシイの塊がヒトの形におきあがると、唖然となる周囲の真ん中で、黒いスカートをまきつけ、紅いヒールをつけた娼婦になる。しまった、子供に娼婦は買えない! にったりと笑みを浮かべ、娼婦は足だけで便所にしゃがみこむと、便所の穴からバッハがきこえる。娼婦はトイレットペーパーをたぐりよせ、全身が尻であるように体じゅう巻きつけると、ペーパーの表面がバッハの五線紙でできている。手がペーパーをかきだし、ひきよせ、まきつけるとバッハは徐々に酔心し凄然と磨かれていく。悪所は音楽を若返らせるのだ。
輪郭を微細にに浮かびあげるライトの中心に悶え立ち、五線紙のトイレ紙でぐるぐる巻きに縛られた体は全方角に痙攣の大瓦解を吐き出し、ステージの四つ壁に、外界を呑みこんだ濁流雨水を吸った皮鞭の打擲を轟かせる。
身体が壁にぶちあたるたびに、宇宙の豪傑笑いが反響し、観る者すべてが、おのれの魂に必死でしがみつく。おのおのの肉体は、中心の大暗渠にすべりおちる巨きな渦巻きの流れにとらわれて、手を離せば一巻の終わりが待っている。





公演のはじめに、吉本さんが歌った。映画『地獄に堕ちた勇者ども』でヘルムート・バーガーが女装で歌うマレーネ・ディートリッヒを連想したら、公演のラストの暗やみで、同じ曲の戦前レコードが、映画のエンドタイトルのような儚さで響きわたった。会場の外は傘がいらない、滅びそこなった残骸を水たまりいっぱいに映して、しずまりかえっていた。
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by lecorsaire | 2008-03-18 19:33 | 公演

「騎上の陛下におかせられては周知のごとく、人生はもっとも大胆で華麗な賭けをうたう剣とマントの物語でございます」


by lecorsaire
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