我れ若し女帝の密使なりせば

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第170回「宇宿允人の世界」

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「神の音をつくりだす指揮者」宇宿允人(<うすき・まさと> 私の高校時分のセンパイの父君)の、フロイデフィルハーモニー第170回演奏会を*年ぶりに聴き、
臓腑をえぐられる・・・・迫力に・・・・、行きと帰りの光景が違ってみえながら、興奮した足どりと、ぐるぐるまわる脳思考をひきずって眠りにつき・・・・
いまだ余奮さめやらず。


☆幻想序曲「ロメオとジュリエット」
☆バレエ音楽 「白鳥の湖」 Op.20より抜粋(情景/ワルツ/白鳥たちのおどり/情景/チャールダーシュ/フィナーレ)
☆交響曲第5番 ホ短調 Op.64

★すべてチャイコフスキー★


宇宿允人とフロイデフィルハーモニーのコンビが音楽をつくると、いぜんにも聴いた、ベートーヴェンでもシューマンでも、曲じたいの根源奪胎の迫真性にくわえ、ギリシャ古典劇の格調と激情力さながら、高熱を帯びた、分厚い鉄鋼壁を次々につみかさねていく一音一音の重量ハーモニーが、ステージの外世界に山積する現実を、それら自身がみずからを恥じて卑小にちぢまった姿の頭上に破壊鎚の劇しさをふりおろす。

ロメオとジュリエット、そしてオデットとジークフリートのむくわれない愛は、本質と真髄への求心によって、削ぎおとしを極め、とぎすましが神懸ったステージ世界で極北かつ普遍の美に登りつめる。

交響曲第5番の全楽章のメランコリックを、彫りの深みへと神変させた透徹が、指揮台の縁まで踏み込んだ宇宿允人の、現代クラシック界へのルサンチマンの鬼哭と呼応する。


今夏の猛暑も顔なしの燃焼力に、
手のひらも足のうらも、汗まみれになった!!!!!
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by lecorsaire | 2007-08-31 12:22 | 音楽

Phenomena (奇蹟は、つづく)

日付は変わって19日、夜の町田のライブハウスでバンドPhenomena主催のイベントをみる。
エントランスには、この日のために生け贄にされた白無垢花嫁の衣裳の切り裂きが天井からつるされて、波うつ。
地階へ降りていくと、ステージではNIRVANAの"BREED"が荒れ狂っている。もみくちゃな客たちの雄たけびがひしめく。手の中の、紙コップの氷がライトの中で刃いろに光っている。
ステージのボーカルは吠えている。何ものも信じないことを信じているように、声ぜんたいが、血管の激流におおわれている。

Phenomenaは、トリだった。前回あたりから、Phenomenaには新しい顔が生まれはじめたようだ。それは・・・・「無愛想」。
前回の、そぎおとしの極まった音世界のライブにも魂消たが今回は、いつもながらの緻密でリアルな交響楽的細部描写をおしげなく展開しつつも、曲そのものは、ニヒリズムの女神像、「悪霊」のスタブローギンのふたごの妹?といった冷たい横顔をうかべ、ステージじゅうをブーツの音高く、行き来しているごとくであった。

「蝕」というPhenomenaの曲がある。ロックがこれほど見世物歌舞伎・シアトリカルの夢をみずから見たがっているのを、わっしはいままで聴いたことがない。CDではなく、実演で聴くと、600分ぐらいに聴こえるのだが、ふわっと魂がぬけるのを毎回感じる。
Phenomenaと、その曲は、がっしりした舞台地面と、それをふみしめる脚力がなければ成り立たないのだ。


メンバー五人の燃焼を全身にあびて、19日の夜の全6曲はどこまでも冷酷に、きりきり張りつめた輪郭をうかべて屹立した・・・・




Phenomenaは、かれらがテーマにかかげる美貌畸形に、また一歩近づいたのか。

それよりも・・・




いいや、今回はもう書くのをひかえよう。余韻の濃さを、もう数日は保ちたい。
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by lecorsaire | 2007-08-20 19:41 | 音楽

東インド舞踊 ・8月18日の奇蹟

昼の一時に、立川でGabrielleさん所属Studio Odissiの公演で東インド舞踊をみる。ベリーダンスのゲストパフォーマンスつきだ。

会場のAACompanyは、百戦錬磨のレパートリーをほこるシェフをかかえており、この日の東インド料理の、それはそれは美味しいこと。

妖紅なステージライトをあびて、ペアのベリーダンスがまずファーストステップをふむ。ほうき星のように髪をあかくきらめかせ・・・へそが身体・世界の一つ目となり、アラブポップスのリズムに同化したまっかな曲線流を満面の笑みとともに総身にうきたたせる。
いぜんに四谷のエジプト料理屋「エル・サラーヤ」でみたベリーダンスはトーチや半月刀まで使って臨場感をもりあげたのだが、今回はそれよりもダンスの技と真髄をみせてもらった感じ。
ペアと、ひとりずつのダンスがボリュームたっぷしに幕切れすると・・・・

照明のおとされた客席に、しずしずと、玲瓏な鈴のおとがひびく。
Gabrielleさんを先頭に、三人が、舞踏装束に両足首の鈴をならしながら、花びらの小箱をかざして客席をぬいすすむ様は、神の祭りをいろどる山車の幻影。

ステージでくりひろげられる、みずみずしい人工美は前回みたよりも、ずっと彫像質な妖艶さでせまってきて密度がたかく、時間が絵のようにとまって見え、絵が時間の君臨者となってうごきまわった。
インド花園を染める色彩を吸ってぬれた彫像がステップをふみ、爪が赤珠に輝く指のひとすじ五本にドラマがしみこんで、はなびらの開花と滅花、蝶のいのちのほとばしりがえがかれ、
愛の矢を射るようなゆび所作にはじかれ、小箱の底から花びらが散ってとぶ。
ジャン・ジュネの、薔薇愛がしみこんだ「泥棒日記」のラストで宇宙が妖しく翳るシーンが、インド舞踊神を、脳乱させた。


この日は映画「瀧の白糸」の弁士公演でインド帰り直後の活弁女郎さんもいらしており、公演後のGabrielleさんと、インドばなしで盛り上がっていた。
インド神との、対話直後の熱量は、すごい。ふたりとも・・・・
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by lecorsaire | 2007-08-20 19:38 | 公演

「騎上の陛下におかせられては周知のごとく、人生はもっとも大胆で華麗な賭けをうたう剣とマントの物語でございます」


by lecorsaire
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