我れ若し女帝の密使なりせば

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*実見*「天空揺籠」

*キーワード*


Salo, o le 120 giornate di Sodoma(ソドムの百二十日)
La citta morta (死の都)
Il trionfo della morte(死の勝利)




小奇麗無害にととのった、東京経済大学のキャンバスの青空の下のアスファルトに白木のお棺が、直立していた。
ナチスか北朝鮮の、下っぱの軍服すがたにみえる大学生たちが、お棺を、カメラのような携帯ライフルでこづきまわして、さわいでいるのがみえる。
お棺の、数メートル前方には、上半身はだかで恰幅のある、禿頭のおとこが直立している。背には、ランドセルをしょっていた。


(・・・・ムッソリーニ???) 


お棺のまわりを、全身しろぬりの裸形がゆっくりと、旋転する。両手でヴィデオカメラをかかえていた。


別方角で、ライフル型携帯カメラを一斉にかまえる空圧がはしる。ガラス製銃口たちの中心で、
やはり白塗りのかおをみせた男が有刺鉄線を全身に、ボロ服ごとまきつけて、身をうねらせていた。
何かしゃべっている。きこえてしまった。



「・・・・おれたちゃなぁ、死人だよ」


男はキャンバスの地平むこうから、オーストリア人、ポーランド人、フランス人、韓国人の、朱衣と白ぬりの裸形たちを、有刺鉄線のむれでたぐりよせてきた。ゆっくりと、近づいてくる。
・・・・・大学生・・・・ナチの下っぱ軍卒たちがはしゃぎまわった。ライフルカメラをセットし、動きをとめている裸形たちに、シャッター音をあびせかける。隣りまで近寄って、大虐殺の「戦勝記念」よろしくツー・ショット写真を撮る。すると裸形たちはバネはじきのいきおいで、うごきまわる。兵卒どもが、無残な風体をさらしてびびっている。


ナチに蹂躙された第二次大戦地帯の、すさまじい走破手記・・・クルツィオ・マラパルテの『壊れたヨーロッパ(原題KAPUTT)』を思わずには、やりきれなかった。兵卒どもにまじりこんでいた牢人は、死人を怒らせてしまった。


”いきなり貨車が開いた、そして囚人の群れがサルトーリのところにどっと落ちてきた、将棋倒しに彼を押し倒した。貨車から逃げだす死者の群れ。数人がひと固まりになって、どしんどしんと鈍い音をたて、セメントの像みたいに続々と落ちてきた。死体の下敷きになったサルトーリは、冷たく途方もない彼らの重みに押しつぶされて、もがき、あがいた。命のないその重荷から、凍ったその堆積から逃れようと必死になったが、ついには崖崩れの下敷きになったみたいに、彼の姿は死体の山の下に埋もれてしまった。死人は乱暴で、頑なで、獰猛である。死人は分別がない。女子供に似て気まぐれで、虚栄心が強い。死人は狂っている。死んでいる者が生きている者を恨んだら、危ない。死者が生者に惚れたら、危ない。生者が死者を侮ったり、あるいは死者の自尊心を害したなら、あるいは死者の誇りを傷つけたなら、それは危ない。死者の嫉妬と執念は深い。彼らは誰も恐れない、なにも恐れない。殴られようが、傷つこうが、敵の数が優勢であろうが、恐れはしない。死の恐怖さえ彼らにはない。爪をたて、歯を剥いて、黙々と戦う、一歩もあとには退かない、弱音をはかない、けっして敵に後ろを見せない。冷たい頑なな勇気をもって、彼らはとことんまで戦う。蒼白な顔に笑みを、薄笑いをうかべ、ものも言わず、動顚したときの大きく見開いた目で、狂者のあの目つきで戦う。そして精根尽きはて倒れたとき、敗者の謙虚さに甘んじたとき、打ち負かされて横たわったとき、かれらは脂っこい甘い匂いを漂わせ、ゆっくり腐敗してゆく。”
*『壊れたヨーロッパ』古賀弘人訳・晶文社 p.164 *


片手カメラのどれよりも大きなヴィデオカメラをかかえた白ぬりの前で、ランドセル、上半身はだかの禿頭ムッソリーニがファシスト行進の手ぶりであるきだし、お棺の直立の中からあらわれた、

生者 死人の誰よりもうつくしい ひとりのしろぬり を ひきつれて・・・・

・・・・有刺鉄線の”強制収容所”と、その囚人たちともども、轟音で吹きなぐる突風に泰然と、地下ふかくへと降りてゆく。
ひとり、とりのこされた、プルーストの『失われし時を求めて』に登場する貴族のような雅びな目鼻だちの男が、床をしろく、どうらんの匂い高く、死をこびりつけて、のたくっている。手にはメトロノームが、キャンバスの女子学生がはくヒールの、時限爆弾の秒針がうなるような音を鳴らしている。
「来い!」有刺鉄線が吠えたくり、貴族の首にからみつく。地下におりる階段を、鉄線づたいにしたたりおちた血のすじをたどっていくと、巨大な空間に、たどりついた。


メトロノームでできた、ヒール爆弾の秒針音が、最前の数十倍に轟く。有刺鉄線の収容所が高台からみおろし、スピーカー声を吠えたくる。囚人がいる。ムッソリーニもいる。ヴィデオカメラをかかえた白塗りがいる。巨大スクリーンがそびえたち、ヴィデオカメラがうつした光景がぱりぱりと明滅する。
弛緩しきった、膣内のような地下ホールは今や、死人たちの白い、熱ぐるいの乱舞に、安穏をふみにじられていた。

死人たちが、白肌を、汗で流しおとさんとばかりに、光彩陸離がみえるように、身をうねくらせる姿が、死の列柱円陣をきずきあげる。
しかし一本だけ、もっとも美しい柱は一本だけ、彫り目がさかさまになっていた。

死人は女やお金と同じで、大事にしすぎれば離れていくが粗末にすると牙をむく。ニセ金、ニセをんな、ニセ生き物が大手をふるって闊歩する地上を呪う「逆聖域」は、ヒールの音ももはや聞こえず、耳をつらぬく静寂でおおわれた、豊穣な膣内リズムにつつみこまれ、ヒトラーにイタリアを売り渡したムッソリーニを、ランドセルごと、扼殺する。
スクリーンとつながったヴィデオカメラごと、はだかの上半身いっぱいに、死人たちの白手がまといつく。




「何だいこの日記は?」、と?
だって、そう見えたんですもの・・・・


いままで、創作とは「いかに死を騙すか」だと考えていたが、
今回知ったのは、創作とはまた、死人になることだということであった。
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by lecorsaire | 2007-04-23 21:47 | 公演

**IMMIGRANT HAUS#5**

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その晩のチェルシー・ホテル、階段を下った底ふかくの空域は、渋谷の地下にひろがる水路に横づけした海賊船への、乗船の心地だった。
段差の多い床はゆれる縦長な帆船のなかをあるきまわるように楽しく、天井からは幽霊船のクモの巣が、白く絢爛にたれさがっている。
前回も(12/19 #4)びっくりした、LLOY主催・IMMIGRANT HAUSの魔術は今回もまた、圧倒の冴えにみちていた。

海賊船と幽霊船を足して2を掛けたライブハウスは、満載の宝物・・・燭台にてらされた、ゴージャスなお菓子がきらめいていた。


その晩は、音楽が、均衡の崩壊寸前まで肉迫する、壮麗な光沢織りものの虹彩うねりをえがいて、鳴りやまぬ恍惚境へと没入することができた。


先陣をきったのは"SITHA"。全曲から、破壊欲の炎をどこまでも美しく活写できるかを狂執・渇望する野心が、数十色の層をえがいて炸裂する。
SITHAの"炎"が猛りを極めるのは、もうちょっと先か。かれらはその晩の"予言書"となった。

AUTO-MODには、酔った。
ヴォーカル、ジュネの右手にひろげられた革装本から炎がたちのぼり、ページに刻まれた言葉たちがその意味をかなぐりすてて舞踏し、AUTO-MODの暴虐なリズムと相姦する。おなじみのオープニングだ。
酷く、けわしく、緊張につつまれながら、ライブはおぞましげな格調高さへと昇っていく。魔獣のメリーゴーランドが刻むワルツにのせられ、破裂するほど腹いっぱいになる。最後の2曲は、聴覚が目盛の針をふりきって 音楽に溺れるままになった

・・・いよいよ、足元と平常心があやしくなってきた。ステージでは白レース・・・うちすてられた帆船の、蜘蛛の巣でできた幽霊緞帳に透けてライブセッティングが見え、だんだんと時間が現代から数百年むかしへと、・・・・荘厳な時代がクモの巣にたぐりよせられていく。ホールすべての白レースが、妖しくよびあう。
IMMIGRANT HAUSの城主LLOYが、城壁を海賊船に変貌させてホールをみおろす。海賊船の船首には、双頭魔おんなの船首像がきらめき、オペラアリア「さようなら、ふるさとの家」をうたう。”わたしは遠くへ行きます そこでは希望さえ、嘆きや苦しみになるのでしょう 幸せだったわが家よ おまえは二度とわたしの姿をみないでしょう 私は遠くへ行くのです”
自宅のガンロッカーからひっぱりだされた、海賊行為のライフルと半月刀が、チェルシー・ホテルに集結していた。
その刀身と、銃身いっぱいに、急撃侵入角度をえがいたLLOYのライブが反響した。


”わしがこの世に生きてゆく頼りとしたものは
三本マストの船と、わが剣と、わが恋人と、わが神だけだった。
神は青年時代にわしの方から棄ててしまった・・・・その神が今わしを
見捨てているのだ・・・・
そして『人間』というやつはわしを抑えつけようとするだけだ。
わしは絶望に喘えぐ卑怯者がわめきながら捧げる
祈りの文句で、神の玉座を嘲笑する心は毛頭ない。
わしが生きてゆく、そしてできるかぎり苦しみに堪える・・・・それで充分だ。”

(バイロン卿)


黒い太陽風をあびて、何千色ものうねりを内包した海賊旗のはばたきが沈鬱な残像をえがいて、からだいっぱいにしみとおる。旗の中心に鎮座する髑髏が、廃帝金貨のよこがおをうかべて、ゆっくりと回転する。その軌跡に、海賊の獲物たちは目も耳もくぎづけになり、音楽は、黒一色へと固定した留め金が破裂させ、数千色のまぶしいカオスで獲物にからみつく。

足元には、四月の愚者(エイプリル・フール)の0番のタロットがちらばり、がけに向かって旅する愚者の絵のように、海賊船は戦利品をかかえて海賊島へ帰っていくと、海賊ぜんいんが、正体もなくなるまで、踊りあかすのだった。


・・・・ライブが終わったあと、足元はのぼり階段をふんで、渋谷の夜景の道路へと、まいもどっていた。まっすぐ歩けなかったが。
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by lecorsaire | 2007-04-02 23:02 | 音楽

「騎上の陛下におかせられては周知のごとく、人生はもっとも大胆で華麗な賭けをうたう剣とマントの物語でございます」


by lecorsaire
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