我れ若し女帝の密使なりせば

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デンマークジャズ × アスタ・ニールセン



 トーキョーノーザンライツフェスティバル2017のイベント「デンマークジャズ × アスタ・ニールセン」で、サイレント映画『バレーダンサー』『深淵 アビス』・・・デンマークの女優アスタ・ニールセンが1910年代に出演した初期作品と、 2016年製作のドキュメンタリー『アスタ・ニールセンを探して』を観てきた (2月8日 渋谷シダックス・カルチャーホール)。


 最初に上映されたのは『アスタ・ニールセンを探して』。映画監督のエヴァ・ティンド (Eva Tind Kristensen 画面に出てきた顔がずいぶん東洋人っぽいと思って調べたら、1974年に韓国の釜山で生まれ、デンマーク人の養女になった人だった) が、デンマークやドイツでアスタゆかりの人々をインタビューし、堂々たる人生に光をあてていく。アスタは1920年代ドイツのもっとも有名な映画俳優で、ナチスの宣伝大臣ゲッベルスの妻マグダも彼女のファンだった。アスタはゲッベルスからナチの映画に誘われるが、きっぱりと拒絶した。カール・ドライヤーは、美少年映画『ミカエル』 にアスタを出演させようとして彼女に会いに行ったら、ファンの群に囲まれたアスタに怖れをなし、言葉もかけられず退散してしまった!
 アスタにまつわる品々も紹介される。ドイツで売られていた「アスタ・ニールセン」という名の高級タバコ、ファン達が競って狂恋をつづったファンレター。南米を旅行するアスタのプライベート写真帳には、動物と遊ぶ姿や、バスタブに浸かったきわどい写真まで残っている。どういうものなのかわからなかったが、新しい紙の便箋に、精緻なカラーインクでアスタを描いた絵手紙が登場し、息を呑んだ。ファンレターの一通だろうか。
 ただそういった映像とは別に、あまりよく意味がつたわってこないビジュアルイメージが繁出し、映画への没入感がやや削がれた。この監督はビジュアリストとしての自我が強いようで、晩年のアスタが、ゴシックな装身具や室内調度に囲まれて瞑想的な人生を歩んでいた姿をイメージして映像化したかったのかも知れないが、ピント外れな演出だったと思う。
 1968年に、アスタ・ニールセンがゴシックな内装の自宅で、アクセル・ストロビューからインタビューを受けるフィルム『 アスタ・ニールセン』があるが、今回のドキュメンタリーでは紹介されなかった。このインタビューを撮ってから約4年後に、アスタは亡くなった。


 今回の上映で一番興味深かったのは音楽。『アスタ・ニールセンを探して』のなかで、アスタが登場する映画のワンシーンがうつるたびに、ゴシックホラーめいた、伝奇的に緊張感をあおるような電子音が鳴り出すのだ。デンマークのジャズ奏者2人組が映画『深淵 アビス』 につけた音楽、というより鋭角的な刺激音の奔流が、ストーリーそっちのけで、アスタのビジュアルをひたすらフォーカスしていた。この2本では音楽が、アスタ・ニールセンのゴシッククイーンなムードにかしずいてるのだ。
 柳下美恵さんの、『バレエダンサー』 でのピアノ伴奏は対照的に、あくまでストーリー展開に仕える音楽だった。バレーダンサーが魅力的だが不実な男よりも純真な男を選ぶラストが、しかしながら可憐な野道から一歩足を踏みはずしたようなピアノの一音で・・・・End。


 刺激的な上映会だった。上映された順番は、『アスタ・ニールセンを探して』→『バレエダンサー』→10分ちょっとの休憩をおいて最後に『深淵 アビス』。

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# by lecorsaire | 2017-02-09 18:15 | 映画

『王家の虎』(1916) 公開から100周年

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20世紀初期のどこか。ロシア貴族のナトカ・ボルコンスキ伯爵夫人は、さるパーティーの折、外交大使ジョルジョ・ラ・フェルリータにめぐり逢う。彼らのなれそめはジョルジョが彼女からとりつけたダンスの約束を、ある将校が横取りしたため起きた諍いである。ナトカは、自分が惚れているジョルジョと時を過ごしながら、身の上話を語る。
「ロシアでは、領地の猟場監督官をしていたドルスキーの愛人だったけれど、夫は暴君で嫉妬深くて、ドルスキーをシベリアに送ってしまったの。わたしはシベリアに行って、かれをさがしあてたけれどドルスキーは別の女といっしょだったわ。わたしはもう彼とかかわりあいをもたないことにしたのだけれど、ドルスキーは絶望して、拳銃で自殺したわ」
 ナトカはしばらくジョルジョに会わなかった。一方のジョルジョはというと、ナトカを愛していながらエルミーニアとも関係を育んでいた。
 数か月が経った。ジョルジョのまえに現れたナトカは重病を患っていた。クライマックスは豪華なオペラ劇場とホテルでのジョルジョとナトカとの、この世の際の逢瀬。その最中、ホテルで大火事がおこる。そこへナトカの横暴な夫が嫉妬を煮えくり返らせ登場、ホテルの部屋のふたりを外から鍵をかけて閉じ込めてしまう。しかしふたりは窓から飛び降りて脱出し、夫は炎のなかで息絶える。


監督:ピエトロ・フォスコ(ジョヴァンニ・パストローネ)
 原案:1873年に上梓されたジョヴァンニ・ヴェルガの『王家の虎』
 撮影:ジョヴァンニ・トマティス、セグンド・デ・チョモン
 出演:
ピーナ・メニケッリ(ナトカ・ボルコンスキ伯爵夫人)
アルベルト・ネポーティ(外交大使ジョルジョ・ラ・フェルリータ)
フェボ・マリ(猟場監督官ドルスキー)
ヴァレンティーナ・フラスカローリ(ジョル ジョの愛人エルミーニア)
ガブリエル・モロー(伯爵)
エルンスト・ヴァゼル(エルミーニアの父)
 制作:イタラ・フィルム(トリノ)
 日本公開:1919年4月

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『王家の虎』の原作は、1873年に上梓されたジョヴァンニ・ヴェルガの頽廃主義にも通じる小説である。シチリアの小説家は、自作の映画化に際し名前を明かすことを嫌がり、知り合いの女性の名義を用い、彼女の名がクレジットされることになった。
セット、衣装、そしてとりわけ小道具の意匠にはリバティ様式(イタリアのアール・ヌーヴォー)が用いられ、象徴的な意味をもつ。ダヌンツィオ的趣味に溢れた「上流階級もの映画」の典型である『王家の虎』は、ふたつの愛の物語(ナトカ伯爵夫人と外交大使ジョルジョ・ラ・フェルリータ、そして伯爵夫人とドルスキー)を語るが、伯爵夫人とドルスキーとの場面はフラッシュバックによって表現されている。いずれにせよ、そのどちらもが人間を情熱的で悲劇的なものとしてとらえており、ともすると倫理観を転覆させかねない契機を孕んでいる。細部にいたるまで大変魅力的なこの映画における、ピーナ・メニケッリの存在感は圧倒的である。 メニケッリは観客を弾きつける術にたけ、その情熱的で錯乱的な演技によって、もっとも崇拝された人気女優のひとりとなった。

(以上は、2001年 『イタリア映画大回顧』で上映された際のパンフレット文を、一部執筆者の趣味と判断で書き換えて転載した)
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# by lecorsaire | 2016-11-29 23:16 | 映画

オスカー・ワイルドのエッセイ(拙作)

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1997年から2001年にかけて参加していた同人誌「Ripple」の36号(2001年6月1日発行)が、
ヤフオク(←詳細は文字をクリック)に出品されていた。

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「オスカー・ワイルド、悪への愛」 Ripple36号に掲載

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# by lecorsaire | 2016-11-24 18:54

『疑似即興舞踏 彼方へ』

2011年の暮れ、
神奈川の東生田の公民館でおこなわれた、
当時70歳の舞踏家、吉本大輔の 一週間連続公演


あの日々から、いまや5年が経った。




2016年7月8日の夕方、明大前の、キッド・アイラック・アートホールに居た。椅子というか(木製ではない)、シートに座って、5年前の目盛りを、手探りでさがしてダイヤルをまわすが、うまくいかない。
5年前よりも、目盛もダイヤルも、数字の量と組み合わせが、複雑に絡み合っているし、決定的に、イマジネーションの造形術が、5年前の過去の一部を、清算しているのだ。
公演を始める前から、既にステージをうろうろ(いやもう始まってるのと同じだ)歩きまわっている。大輔さん「すみません、予約したお客さんで、まだ着いていない人が何人かいるので・・・」
客席をみまわすと、知った顔がほとんどいない気がする。大輔さんの舞踏を、はじめて観る人がけっこう居るようだ。
「そろそろ始めようか」全身をおしろいでぬりたくり、光彩つややかな薄物をまとった、5年前の姿に、これまた5年前の、連続公演をはじめ野外公演、ゲリラ公演で、浴びるほど聴いた・・・・・ ショスタコーヴィチのワルツがホールに鳴り響き、公演は始まった。
大輔さんが、ステージの木の椅子に腰かけた、その円周を、ワルツが大きく、(ホールの天窓にうつった)土星をとりまく虹色の残骸のように、輪をかぶせていく。
生前にその騎行で世界最強を謳われると同時に数々の奇行でも伝説になったロシアの<怒れるジジイ> アレクサンドル・スヴォーロフ大元帥(やっと俺の目盛りが合った!)が木の椅子から、とびあがり、怒濤の速足で、階段状になった客席まで、昇ってくるのか・・・・・と思ったら、会場から、とびだしてしまう。ステージは、ワルツだけがうつろに流れて、もぬけのカラに。ほほう、これはPAか天井通路にでも現れるのかなあと、高い天井を眺めていた。その途端だった。

突然、予想を絶する光景が眼前にひろがったのだ。ステージの奥の壁が、通行人や車がゆきかう外路と壁一枚で隔たってると誰もが信じていた壁が、シャッターのようにひらかれると(ステージも、客席も、外から丸見えにして)、車道の真ん中で、白塗りの、大輔さんの長身がそびえて見えるではないか。車道を走る特権をバイクとともに貪る、ありとあらゆる車の流線型のどれよりも美しく、舞踏に淫していた。
ステージ奥の壁をキャンバスにみたてて、横広がりのパノラマ画面を、アレクサンドル・スヴォーロフ大元帥の奇襲身体と、その軌跡とでみたしてゆく。運送業のトラックがキモを潰してよける車道が、フランス革命との戦闘をくりひろげる18世紀のカオスに変貌する。トラッカーの目には舞踏が、飛来してきた大砲の敵弾が、落ちて爆発せず、地面にはじけて、回転するさまに見えたのだろうか。客席もろとも、あたまが、爆発しそうになる。


壁(キャンバス、どんちょう)が閉じられる。ステージに戻った舞踏身体から、暗闘の中で、汗と綯い交ぜになったおしろいが、ニッキの香りを——————-客席の最後列の一番端に座った鼻にまで、届けてくる。この日の至福の瞬間である。
やがて舞踏は、ロシアの大元帥から、閉館時間のエルミタージュ美術館に忍び込んだ、盗賊へとなりかわる。
カラヴァッジョの絵の明暗コントラストを強奪し、ダンスが、タナトス(死)の、スペクタクルをくりひろげる。絵の中の、少年のリュートにみちびかれて。



みぶるいするほどの明暗のひだをうかべて、ゆっくりと歩いて



流刑地以上の絶界をめざして







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# by lecorsaire | 2016-08-08 20:48

『炎の天使』(セルゲイ・プロコフィエフのオペラとワレリイ・ブリューソフの原作について)

以下の文はwikipediaと、ワレリー・ゲルギエフ指揮の全曲盤CD『炎の天使』の解説書と、一柳冨美子の「プロコフィエフとオペラ『炎の天使』」(NHKロシア語会話 1993年10、11月号に掲載)を基に書いたものである事をお断りしておく。


『炎の天使』は、騎士のルプレヒトが「これは実際にあった物語で・・・・」と語り伝える形で展開される。舞台は1520年頃のケルン近郊だという。うらぶれた宿屋でルプレヒトと出会ったレナータが、身の上を語ってきかせる。レナータは、少女のころから輝くばかりに美しい炎の天使、マディエルに魅了されていた。レナータとマディエルはプラトニックに愛しあっていたが、レナータは思春期と共に、マディエルへの肉欲を抑えきれなくなると、マディエルは失望し、レナータから去って行ってしまう。レナータは妄想じみた執念でマディエルの姿を追い求め、やがてマディエルにそっくりの、ハインリヒという貴族と出会い、結婚するが、一年後に破局した。悲嘆に暮れるレナータは、ルプレヒトと出会った頃には黒魔術の虜になっていた。
ルプレヒトはレナータとマディエル(あるいはマディエルそっくりのハインリヒ伯爵)との三角関係に翻弄され、レナータもまた男性二人との関係そして精神と肉体、神の教えと悪魔の誘惑の葛藤に苦しむ。レナータは最後には修道院に籠ってしまい、火あぶりを宣告されるが、炎のなかでマディエルと一体になることを暗示して最期を遂げた。 ルプレヒトとハインリヒは決闘するが、物語の最後では和解する。



『炎の天使』は1907年から翌年にかけて、ワレリイ・ブリューソフValery Bryusovが編纂していた雑誌『ヴェシ(天秤)』に連載された。執筆当時のブリューソフは、詩人で翻訳家のニーナ・ペトロフスカヤNina Petrovskayaと暮らしており、ブリューソフはニーナのヒステリックな性格にとりわけ魅せられていたらしく、彼女とはドイツの魔女の生まれかわりのように接していた。両者の関係は1911年まで続き、最後にふたりは決別するのだが、その時にはニーナは『炎の天使』のレナータが、自分をモデルにした人物であると悟っていた。
ニーナには、ブリューソフとは別に、思い人がいた。象徴詩人アンドレイ・ベールイAndrei Bely の比類ない才能と、おそらくはその美貌に、心を奪われていた。三人のあいだにはただならぬ愛憎がうまれ、『炎の天使』の底辺をなす、ルプレヒト(ブリューソフ)マディエルあるいはハインリヒ(ベールイ)、そしてニーナ(レナータ)の三角関係のモデルになった。

さらにブリューソフは、『炎の天使』の三人の愛憎をより濃厚に描くに際し、1905年から翌年にかけて、ベールイがその騒動の中心になってロシア文壇をもまきこんだ、もうひとつの三角関係をモデルにしていた。詩劇『薔薇と十字架』を上梓したアレクサンドル・ブロークAlexander Blokの妻リュボーフィ(ブロークは彼女への愛を、世界の変貌をもたらす神秘の女性ソフィアになぞらえた詩『うるわしの淑女への歌』へと結実させた)に、ベールイは泥沼のようにのめりこんだ。さらに文壇からも冷遇されるようになっていたブロークに対し、周囲はベールイのリュボーフィへの愛情を鼓舞させたので、三角関係の悲劇は次第に加速していった。ベールイはブロークに決闘を申し込むが、それが果たせなくなると自殺願望に苛まされた。結局三者に周囲がとりなす形で騒動はおさまり、ベールイはリュボーフィと出会った同時期に知り合っていた少女と愛しあうようになると、ブリューソフとニーナがデカダンな生活に耽っていた1910年に結ばれている。

CD解説書(ゲルギエフ指揮の全曲盤)に載ったロバート・トレインの「プロコフィエフの悪魔的なオペラ」を読むと、ロシアを去ったニーナは1912年にイタリアのどこかへわたり、第一次大戦後にはパリに住むと、セルゲイ・プロコフィエフSergei Prokofievが『炎の天使』の作曲にとりくんでいた家のすぐ近くで暮らしていた。しかし二人がお互いを知ることはなかった。 ニーナは1927年、セルゲイ・プロコフィエフが『炎の天使』のオーケストレーションを最終的に完成させた数か月後に自殺したらしい。

オペラ『炎の天使』の、プロコフィエフ自身が書いた台本は原作よりも一見非常にまとまりが無く、レナータの人物描写は支離滅裂で、場面は次々にうつりかわる等、音楽抜きでは少々理解しずらい。
一柳冨美子が説くには、『炎の天使』の目標とはすべての音楽的ドラマ的エネルギーを、終幕の最後の場面である修道女たちの悪魔憑きの大饗宴に集約させることだったという。全篇を妖術・錬金術・占星術・密教的な呪術や黒魔術、アグリッパ、メフィスト、ファウストが入り乱れる展開のなかで、ただひとつの極点めざして、音楽と劇が展開してゆくと考えれば、驚くほど緻密に造られている。
私は『炎の天使』が1993年の6月9日に東京(オーチャードホール)で、日本初演された際のエアチェック・テープを、他のCD全曲盤のどれよりも愛聴しているのが、それを聴くと一柳冨美子が言っていることが存分に理解できる。音楽は虹色に燃焼し、実におどろおどろしく、生き生きとしている。歌詞はすべて日本語で歌われており、指揮もオケも超名演奏。終幕の修道院での悪魔憑きと大乱交は海外の全曲盤どれをも突き放して、巨大な火あぶり台が目の前にみえてくるほど鬼気迫る。

1993 6/9
オペラ・コンチェルタンテ・シリーズ第5回 
指揮:大野和士 東京フィルハーモニー交響楽団 東京オペラシンガーズ

配役 wikipediaをもとに作成

ルプレヒト: 大島幾雄(バリトン)
レナータ: 西明美(ソプラノ)
宿屋のおかみ: 安念千重子(メゾソプラノ)
女占い師・修道院長: 群愛子(メゾソプラノ)
ネッテスハイムのアグリッパ、メフィストフェレス:小林一男(テノール)
ヨハン・ファウスト:黒田博(バス)
異端審問官:山口俊彦(バス)
古本商のヤコブ・グロック:君島広昭(テノール)
ルプレヒトの友人マトフェイ・ヴィスマン(テープのメモには「マテウス」と書かれている):星野聡(バリトン)。
医者:遠山敦(テノール)
宿屋の使用人 :寺本知生(バリトン)
居酒屋の主人:追分基(バリトン)
ハインリヒ伯爵 (歌なし マイム?)
小さな少年 歌なし
3つの骸骨

テープのクリアケースに挟んで保管した演奏評には、ステージ写真が写っている。大野和士が指揮する(歌手は大野の左右)東京フィルの後ろでは、悪霊みたいなマイムが暗示的に演じられ、その背後の壁にはというと官能的な下半身でそそりたつ磔刑像のシルエット。評にもある、「すべてを灼きつくさんばかりの情熱の奔流が全篇を支える」「レナータとルプレヒトの白熱的歌唱が圧巻」といった印象はテープで聴いても相当にうかがえる。

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# by lecorsaire | 2016-03-08 22:41

「騎上の陛下におかせられては周知のごとく、人生はもっとも大胆で華麗な賭けをうたう剣とマントの物語でございます」


by lecorsaire
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