我れ若し女帝の密使なりせば

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幻想音楽劇『贋作マッチ売りの少女』栃木公演(2017年11月5日マチネー)



私が作詞した『死のゆび』が劇中歌として舞台にあがったので、はるばる東京から観に行った。来月には東京でも上演されるのだが、栃木公演は東京以上に破天荒な内容らしいので、一体私の作詞と、どんな風に出会えるんだろうかと楽しみにしながら、会場の入口をくぐった。


『死のゆび』



人形時計の文字盤が
沈む夕陽(ゆうひ)の輪をなぞり
赤く 赤く ふるめかしい音色をならす

死のう 死のう

時こそ来たれ 寝台は妖面 満艦飾
水滴で重い蜘蛛の巣
天使の群が 蝶の翅(はね)で
したたるゆびをなぞってえがく

文字盤はさわぐ 夕陽(せきよう)の輪の滴りの
赤い 赤い
赤い 漢数字の指文字


死のう 死のう 

壊爛(かいらん)の バビロンめがけ 蜘蛛の巣めがけて ダイビング

夕空のカーテンに
くらくら 浮かぶシルエット
寝台から這出した
白蛇(はくじゃ) しろへび
粘りきった蜜を しゃぶって しゃぶって ゆらめく
まだらいろのよこがお

金色の目で ゆびさきを追いかける


媚薬は苦く
水銀のしずくを打ち鳴らす


死のう 死のう



https://www.youtube.com/watch?v=LdoFLqWZPso
『死のゆび』が2015年10月16日に『樹海の寝室/怪物たちの食物連鎖』で再演された際のyoutube映像




娼婦で歌姫の、マッチ売りの少女アルルが指先に灯す火あかりをとりまくのは幻想都市ロンドン。天才画家ヴァン・ゴッホは生活のために贋作をくりかえしてオークション会場を札束地獄にし、彼とルームシェアする画家ポール・ゴーギャンは、どうやら秘密警察のスパイかと思われる。このふたりがアトリエで心血をそそぎ絵画製作にうちこむ場面でひびきわたる『死のゆび』の歌声!
私が作詞し、永井幽蘭さんの作曲と歌で東京に響いた音楽が、今回はマッチ売りの少女:大島朋恵さんの歌声によって栃木で披露された!音楽が聴こえている間じゅう、時間が止まる心地を貪った。そして更に、公演の特製サントラにまで「死のゆび」が!


今回は、音楽劇を期待して「聴きに」行ったら、狂った笑いがこみあげそうにある位盛り沢山で、街の中心にオペラハウスなど建っていなさそうな幻想都市ロンドンが、ヴェクサシオンのライブでおなじみの幽蘭さんワールドであふれかえってた。「電気のワルツ」はピッタリ、そしてまさか「ヴェクサシオンのテーマ」が大合唱で聴けるとは!


「マッチはいりませんかぁ 」 少女の声が、舞台を観終えた翌朝になっても腹の底に灯り続けている。
本当に破天荒な舞台だった。破天荒さが、ことさら全身に染みとおった。犯罪と自由の幻想都市ロンドンには刃物と大型拳銃が終始にわたってきらめき、火を噴く。マッチのほのおは蕾のようにふくらんでは霞んでゆらめく。アントナン・アルトーはゴッホに天才の王冠をさずけたくて絶叫しまくり、白塗りのロンドン市民は「メトロポリス」ばりのモブシーン。ビザール美術館の生き人形のような娼婦たちは館長のSMダンスにあらがうたびにレェスまみれの心臓を鼓動させ、精神病院の医院長はアルトーやゴッホよりも切り裂きジャックが墜ちて来るのが待ち遠しくてたまらない様子だし、ジャック・ファントム・・・霧のロンドンの怪人は街の犯罪と狂気を無辺の立ち位置から煽りまくっている。展開は錯綜を極めていた。ホームズやロートレック伯爵、詩人ヴィクトル・ユゴーさえ登場していた。ストーリーとひきかえに、中心がどこにも無い、或は中心が至る所にある幻想絵画の巨大キャンバスをじっとみつめているような危険さに迷いこんでしまった。ロンドンの背後にパリやバビロンが見える、メトロポリスが見える。照明や音響の緊迫感、舞台の求心力はなかなかの見ごたえだった。


ゴッホとゴーギャンの、目の粗いサンドペーパーでくまなく擦りあうような短く激しい営みが、よくよく核心を抉って舞台化されていた。
少女が離れていったゴッホが、エウリディーチェを失って悲嘆にくれるオルフェウスのように娼婦たちからなぶり殺されかけるシーンなどは特に印象深かったし、ラストあたりでゴッホの口から「人間の暖かい心は優れた芸術を嫌う」というようなセリフが発せられ、唇の左端に、塩辛いものを感じたと思ったら、涙がつたっていた。


涙がこみあげてきて仕方がない舞台だった。「我々はどこから来たのか/我々は何者か/ 我々はどこへ行くのか」ゴーギャンの天才が爆発したタイトルを歌にし、舞台クライマックスで炸裂した大合唱に涙腺が爆発。

全篇、悲哀一色だった。しかし何処にも嫌味はなかった。

ひさびさに味わう、本当にいい公演を観た時にだけ来る壮快さに満たされた。
自分が作詞した曲が舞台にあがった事をはるかに超える喜びに満たされて栃木をあとにした。次は来月の東京公演だ。

そして、その前に・・・・・・・・・・・








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# by lecorsaire | 2017-11-06 17:32

デンマークジャズ × アスタ・ニールセン



 トーキョーノーザンライツフェスティバル2017のイベント「デンマークジャズ × アスタ・ニールセン」で、サイレント映画『バレーダンサー』『深淵 アビス』・・・デンマークの女優アスタ・ニールセンが1910年代に出演した初期作品と、 2016年製作のドキュメンタリー『アスタ・ニールセンを探して』を観てきた (2月8日 渋谷シダックス・カルチャーホール)。


 最初に上映されたのは『アスタ・ニールセンを探して』。映画監督のエヴァ・ティンド (Eva Tind Kristensen 画面に出てきた顔がずいぶん東洋人っぽいと思って調べたら、1974年に韓国の釜山で生まれ、デンマーク人の養女になった人だった) が、デンマークやドイツでアスタゆかりの人々をインタビューし、堂々たる人生に光をあてていく。アスタは1920年代ドイツのもっとも有名な映画俳優で、ナチスの宣伝大臣ゲッベルスの妻マグダも彼女のファンだった。アスタはゲッベルスからナチの映画に誘われるが、きっぱりと拒絶した。カール・ドライヤーは、美少年映画『ミカエル』 にアスタを出演させようとして彼女に会いに行ったら、ファンの群に囲まれたアスタに怖れをなし、言葉もかけられず退散してしまった!
 アスタにまつわる品々も紹介される。ドイツで売られていた「アスタ・ニールセン」という名の高級タバコ、ファン達が競って狂恋をつづったファンレター。南米を旅行するアスタのプライベート写真帳には、動物と遊ぶ姿や、バスタブに浸かったきわどい写真まで残っている。どういうものなのかわからなかったが、新しい紙の便箋に、精緻なカラーインクでアスタを描いた絵手紙が登場し、息を呑んだ。ファンレターの一通だろうか。
 ただそういった映像とは別に、あまりよく意味がつたわってこないビジュアルイメージが繁出し、映画への没入感がやや削がれた。この監督はビジュアリストとしての自我が強いようで、晩年のアスタが、ゴシックな装身具や室内調度に囲まれて瞑想的な人生を歩んでいた姿をイメージして映像化したかったのかも知れないが、ピント外れな演出だったと思う。
 1968年に、アスタ・ニールセンがゴシックな内装の自宅で、アクセル・ストロビューからインタビューを受けるフィルム『 アスタ・ニールセン』があるが、今回のドキュメンタリーでは紹介されなかった。このインタビューを撮ってから約4年後に、アスタは亡くなった。


 今回の上映で一番興味深かったのは音楽。『アスタ・ニールセンを探して』のなかで、アスタが登場する映画のワンシーンがうつるたびに、ゴシックホラーめいた、伝奇的に緊張感をあおるような電子音が鳴り出すのだ。デンマークのジャズ奏者2人組が映画『深淵 アビス』 につけた音楽、というより鋭角的な刺激音の奔流が、ストーリーそっちのけで、アスタのビジュアルをひたすらフォーカスしていた。この2本では音楽が、アスタ・ニールセンのゴシッククイーンなムードにかしずいてるのだ。
 柳下美恵さんの、『バレエダンサー』 でのピアノ伴奏は対照的に、あくまでストーリー展開に仕える音楽だった。バレーダンサーが魅力的だが不実な男よりも純真な男を選ぶラストが、しかしながら可憐な野道から一歩足を踏みはずしたようなピアノの一音で・・・・End。


 刺激的な上映会だった。上映された順番は、『アスタ・ニールセンを探して』→『バレエダンサー』→10分ちょっとの休憩をおいて最後に『深淵 アビス』。

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# by lecorsaire | 2017-02-09 18:15 | 映画

『王家の虎』(1916) 公開から100周年

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20世紀初期のどこか。ロシア貴族のナトカ・ボルコンスキ伯爵夫人は、さるパーティーの折、外交大使ジョルジョ・ラ・フェルリータにめぐり逢う。彼らのなれそめはジョルジョが彼女からとりつけたダンスの約束を、ある将校が横取りしたため起きた諍いである。ナトカは、自分が惚れているジョルジョと時を過ごしながら、身の上話を語る。
「ロシアでは、領地の猟場監督官をしていたドルスキーの愛人だったけれど、夫は暴君で嫉妬深くて、ドルスキーをシベリアに送ってしまったの。わたしはシベリアに行って、かれをさがしあてたけれどドルスキーは別の女といっしょだったわ。わたしはもう彼とかかわりあいをもたないことにしたのだけれど、ドルスキーは絶望して、拳銃で自殺したわ」
 ナトカはしばらくジョルジョに会わなかった。一方のジョルジョはというと、ナトカを愛していながらエルミーニアとも関係を育んでいた。
 数か月が経った。ジョルジョのまえに現れたナトカは重病を患っていた。クライマックスは豪華なオペラ劇場とホテルでのジョルジョとナトカとの、この世の際の逢瀬。その最中、ホテルで大火事がおこる。そこへナトカの横暴な夫が嫉妬を煮えくり返らせ登場、ホテルの部屋のふたりを外から鍵をかけて閉じ込めてしまう。しかしふたりは窓から飛び降りて脱出し、夫は炎のなかで息絶える。


監督:ピエトロ・フォスコ(ジョヴァンニ・パストローネ)
 原案:1873年に上梓されたジョヴァンニ・ヴェルガの『王家の虎』
 撮影:ジョヴァンニ・トマティス、セグンド・デ・チョモン
 出演:
ピーナ・メニケッリ(ナトカ・ボルコンスキ伯爵夫人)
アルベルト・ネポーティ(外交大使ジョルジョ・ラ・フェルリータ)
フェボ・マリ(猟場監督官ドルスキー)
ヴァレンティーナ・フラスカローリ(ジョル ジョの愛人エルミーニア)
ガブリエル・モロー(伯爵)
エルンスト・ヴァゼル(エルミーニアの父)
 制作:イタラ・フィルム(トリノ)
 日本公開:1919年4月

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『王家の虎』の原作は、1873年に上梓されたジョヴァンニ・ヴェルガの頽廃主義にも通じる小説である。シチリアの小説家は、自作の映画化に際し名前を明かすことを嫌がり、知り合いの女性の名義を用い、彼女の名がクレジットされることになった。
セット、衣装、そしてとりわけ小道具の意匠にはリバティ様式(イタリアのアール・ヌーヴォー)が用いられ、象徴的な意味をもつ。ダヌンツィオ的趣味に溢れた「上流階級もの映画」の典型である『王家の虎』は、ふたつの愛の物語(ナトカ伯爵夫人と外交大使ジョルジョ・ラ・フェルリータ、そして伯爵夫人とドルスキー)を語るが、伯爵夫人とドルスキーとの場面はフラッシュバックによって表現されている。いずれにせよ、そのどちらもが人間を情熱的で悲劇的なものとしてとらえており、ともすると倫理観を転覆させかねない契機を孕んでいる。細部にいたるまで大変魅力的なこの映画における、ピーナ・メニケッリの存在感は圧倒的である。 メニケッリは観客を弾きつける術にたけ、その情熱的で錯乱的な演技によって、もっとも崇拝された人気女優のひとりとなった。

(以上は、2001年 『イタリア映画大回顧』で上映された際のパンフレット文を、一部執筆者の趣味と判断で書き換えて転載した)
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# by lecorsaire | 2016-11-29 23:16 | 映画

オスカー・ワイルドのエッセイ(拙作)

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1997年から2001年にかけて参加していた同人誌「Ripple」の36号(2001年6月1日発行)が、
ヤフオク(←詳細は文字をクリック)に出品されていた。

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「オスカー・ワイルド、悪への愛」 Ripple36号に掲載

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# by lecorsaire | 2016-11-24 18:54

『疑似即興舞踏 彼方へ』

2011年の暮れ、
神奈川の東生田の公民館でおこなわれた、
当時70歳の舞踏家、吉本大輔の 一週間連続公演


あの日々から、いまや5年が経った。




2016年7月8日の夕方、明大前の、キッド・アイラック・アートホールに居た。椅子というか(木製ではない)、シートに座って、5年前の目盛りを、手探りでさがしてダイヤルをまわすが、うまくいかない。
5年前よりも、目盛もダイヤルも、数字の量と組み合わせが、複雑に絡み合っているし、決定的に、イマジネーションの造形術が、5年前の過去の一部を、清算しているのだ。
公演を始める前から、既にステージをうろうろ(いやもう始まってるのと同じだ)歩きまわっている。大輔さん「すみません、予約したお客さんで、まだ着いていない人が何人かいるので・・・」
客席をみまわすと、知った顔がほとんどいない気がする。大輔さんの舞踏を、はじめて観る人がけっこう居るようだ。
「そろそろ始めようか」全身をおしろいでぬりたくり、光彩つややかな薄物をまとった、5年前の姿に、これまた5年前の、連続公演をはじめ野外公演、ゲリラ公演で、浴びるほど聴いた・・・・・ ショスタコーヴィチのワルツがホールに鳴り響き、公演は始まった。
大輔さんが、ステージの木の椅子に腰かけた、その円周を、ワルツが大きく、(ホールの天窓にうつった)土星をとりまく虹色の残骸のように、輪をかぶせていく。
生前にその騎行で世界最強を謳われると同時に数々の奇行でも伝説になったロシアの<怒れるジジイ> アレクサンドル・スヴォーロフ大元帥(やっと俺の目盛りが合った!)が木の椅子から、とびあがり、怒濤の速足で、階段状になった客席まで、昇ってくるのか・・・・・と思ったら、会場から、とびだしてしまう。ステージは、ワルツだけがうつろに流れて、もぬけのカラに。ほほう、これはPAか天井通路にでも現れるのかなあと、高い天井を眺めていた。その途端だった。

突然、予想を絶する光景が眼前にひろがったのだ。ステージの奥の壁が、通行人や車がゆきかう外路と壁一枚で隔たってると誰もが信じていた壁が、シャッターのようにひらかれると(ステージも、客席も、外から丸見えにして)、車道の真ん中で、白塗りの、大輔さんの長身がそびえて見えるではないか。車道を走る特権をバイクとともに貪る、ありとあらゆる車の流線型のどれよりも美しく、舞踏に淫していた。
ステージ奥の壁をキャンバスにみたてて、横広がりのパノラマ画面を、アレクサンドル・スヴォーロフ大元帥の奇襲身体と、その軌跡とでみたしてゆく。運送業のトラックがキモを潰してよける車道が、フランス革命との戦闘をくりひろげる18世紀のカオスに変貌する。トラッカーの目には舞踏が、飛来してきた大砲の敵弾が、落ちて爆発せず、地面にはじけて、回転するさまに見えたのだろうか。客席もろとも、あたまが、爆発しそうになる。


壁(キャンバス、どんちょう)が閉じられる。ステージに戻った舞踏身体から、暗闘の中で、汗と綯い交ぜになったおしろいが、ニッキの香りを——————-客席の最後列の一番端に座った鼻にまで、届けてくる。この日の至福の瞬間である。
やがて舞踏は、ロシアの大元帥から、閉館時間のエルミタージュ美術館に忍び込んだ、盗賊へとなりかわる。
カラヴァッジョの絵の明暗コントラストを強奪し、ダンスが、タナトス(死)の、スペクタクルをくりひろげる。絵の中の、少年のリュートにみちびかれて。



みぶるいするほどの明暗のひだをうかべて、ゆっくりと歩いて



流刑地以上の絶界をめざして







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# by lecorsaire | 2016-08-08 20:48

「騎上の陛下におかせられては周知のごとく、人生はもっとも大胆で華麗な賭けをうたう剣とマントの物語でございます」


by lecorsaire
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